
再生可能エネルギー由来の電力を熱エネルギーとして効率的に貯蔵
地球温暖化対策の議論では、電力や交通の脱炭素化が注目されがちですが、実はフランスの最終エネルギー消費の約45%は「熱(chaleur)」によるものであることをご存知でしょうか?特に工場などの産業分野では、高温の熱を必要とする工程が多く、その多くは依然として化石燃料によって賄われています。
こうした状況を変えるべく、2024年12月に誕生したスタートアップが Epyr(エピール) です。再生可能エネルギー由来の電力を熱エネルギーとして効率的に貯蔵し、必要なときにその熱を工場に供給することで、産業熱の脱炭素化を実現しようとしています。
この革新的な取り組みにより、Epyrはフランス経済誌『Challenges』による「2025年に投資すべきスタートアップ100社」のひとつに選ばれました。
エネルギー政策のプロとグリーンスタートアップ創業者がタッグ
Epyrの共同創業者は、環境政策やサステナビリティ分野で豊富な経験を持つ レア・ダルデンヌ氏 と、昆虫由来タンパク質の世界的スタートアップ「Innovafeed(イノバフィード)」の共同創業者でもある バスティアン・オジェリ氏 です。
レア氏は、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)で10年以上にわたり、エネルギーや環境戦略に関するコンサルティング業務に従事してきました。その後、フランス政府の「エコロジー計画庁」にも籍を置き、国家レベルでの脱炭素政策に携わってきた人物です。
一方のオジェリ氏は、次世代の持続可能な食品生産に挑んできた実績を持ち、環境テック業界での経験も豊富です。この2人が手を組み、「産業熱」という見落とされがちな領域に本格的に取り組むことを決めたのが、Epyrの始まりでした。
再エネの余剰電力を熱に変え、工場へオンデマンドで供給
Epyrが提供するのは、一見すると単純な仕組みに見えるかもしれません。しかし、その組み合わせと最適化こそが技術の真骨頂です。
具体的には、太陽光や風力といった再生可能エネルギーによって発電された余剰電力を、電気ヒーター(抵抗器)を使って高温の熱に変換し、その熱をセラミック製の蓄熱材(蓄熱ブロック)に蓄えます。そして、工場側が熱を必要とするタイミングで、その熱を取り出し、熱交換器を通じて蒸気や熱水として供給します。
このシステムの最大の特徴は、「再エネの不安定さ」と「産業現場の高温熱ニーズ」を橋渡しできる点にあります。導入先となる工場にとっては、再エネ由来のクリーンな熱を安定して利用でき、脱炭素とコスト削減を同時に実現できます。
レア氏は「R&D(研究開発)というより、エンジニアリングのプロジェクトです。セラミック、抵抗器、熱交換器といった各パーツはすでに成熟した技術です。私たちは、それらを新しい形で組み合わせ、効率と現場対応性を高めました」と語っています。
コンテナ型のシステムで工場に直接設置、熱はMWh単位で販売
Epyrのシステムは、全体がコンテナ型のユニットとして構成されており、クライアント企業の工場内に直接設置されます。同社はこのコンテナを設計・製造し、運用も自社で担当します。工場側は、設置費用ではなく、実際に供給された熱(MWh単位)に応じて料金を支払うモデルです。
つまり、工場にとっては初期投資のリスクを抑えつつ、すぐに脱炭素化を実現できるという大きなメリットがあります。
さらにEpyrは、ハードウェアだけでなくソフトウェアの開発にも注力しています。熱需要の予測、最適な蓄熱・放熱タイミングの制御、エネルギー効率のモニタリングなどを統合することで、システム全体のパフォーマンスを最大化しています。
「設計に関する知的財産は当社が保持しますが、製造は既に高い技術を持つ工場に外注します」とレア氏は説明しています。これにより、品質の担保とスケールアップの両立を図っています。
ドイツ大手製紙メーカーと初の実証実験を開始
Epyrは現在、最初の実証プロジェクトをドイツの製紙メーカー**Wepa(ヴェパ)**と共同で進めています。Wepaはフランス国内に4つの工場を持ち、紙製品の生産において大量の蒸気と熱を必要としています。EpyrのシステムがWepaの熱需要を賄えるかどうかは、他の業種への波及にも大きく影響を与える試金石となります。
このパートナーシップは、単なる技術実証にとどまらず、実際の導入と事業モデルの検証も兼ねています。
初期資金300万ユーロを調達、次のステップは1500万ユーロの資金調達
Epyrはすでに、環境・気候系スタートアップに特化したファンドAenuと、フランスの著名なベンチャーキャピタルDaphni、そしてWepa社自身やエンジェル投資家などから、総額300万ユーロ(約4.8億円)のプレ・シード資金を調達しています。
この資金によって、プロトタイプの開発と初期実証プロジェクトが進められてきました。現在、Epyrはさらなる成長と産業化に向けて、1,500万ユーロ(約24億円)の資金を新たに調達しようとしています。
このラウンドの資金は、以下の目的に使われる予定です:
- 製造設備の拡張と量産体制の構築
- 新たな人材(エンジニア、営業、プロジェクトマネージャーなど)の採用
- 商業ベースでの導入拡大と海外展開の足がかりづくり
2027年には売上300万ユーロを目指す
Epyrは、最初の商業化案件を2026年に開始し、翌2027年には300万ユーロ(約4.8億円)の売上達成を目標としています。この数字は控えめに見えるかもしれませんが、産業向け熱供給というニッチ市場においては、確実な一歩と言えるでしょう。
そして今後、食品加工、製紙、化学、金属加工など、高温熱を必要とするあらゆる分野へと展開することで、より大きな市場を狙う構えです。
「見落とされてきた熱」に革命を起こす
Epyrが挑むのは、「電力」や「モビリティ」ほど注目されてこなかった、「産業用熱」という巨大市場です。しかし、この領域の脱炭素化なくして、真の気候中立社会は実現しません。
シンプルな構成要素を巧みに組み合わせ、再エネと工場現場をつなぐ技術として再定義したEpyrの仕組みは、クリーンテック業界における重要な革新と言えるでしょう。
見落とされがちな熱に光を当て、脱炭素の新たな章を切り開くEpyr。今後の成長に、注目が集まります。