
個々の建物が水資源を守るための貯水池に
気候変動や水資源の枯渇といった課題が世界中で叫ばれる中、フランスのスタートアップ「Cactile(カクタイル)」は、建物の屋根や外壁を「雨水の貯水タンク」に変えるという斬新なソリューションを開発しています。このアイデアは、厳しい環境でも水を蓄える力をもつサボテンにインスピレーションを受けており、企業名にもその姿が反映されています。
Cactileは、経済誌『Challenges』が選出した「2025年に投資すべきスタートアップ100社」の1社として注目を集めており、今後の建築業界や都市開発に大きな影響を与える可能性を秘めた革新的な企業です。
サボテンのように「貯める」建物へ
このスタートアップを創業したのは、ジャン=バティスト・ランド氏(44歳)。彼はフランス南部アルビを拠点とし、長年にわたりEDF(フランス電力公社)で水力発電を中心に約20年間従事してきました。彼はまた、トゥールーズ・ビジネススクール(TBS Education)で学位を取得した経営のプロでもあります。
そんな彼が、ある日通りかかった小さな家の建設現場で「この70㎡の小さな家に、わざわざ90㎡もの傾斜屋根を設けて雨水を『ただ排水する』ためだけに作るのは、非効率的ではないか」と疑問を持ったことが、この事業の発端となりました。
気候変動の激化、水不足の深刻化を身をもって感じてきたランド氏は、「建物を自然と調和させる存在へと進化させるべきだ」と考え、2020年代初頭にCactileを立ち上げたのです。
特許取得のタイル – 1㎡で最大40リットルの貯水が可能
Cactileが開発した技術の核となるのは、特許取得済みの「雨水貯水タイル」です。このタイルは見た目こそ一般的な屋根材に似ていますが、内部に水を貯める構造があり、1平方メートルあたり最大40リットルの雨水を蓄えることができます。
つまり、例えば100㎡の屋根であれば、最大4,000リットル(4トン)もの水を自然に集め、貯めることが可能となります。これにより、従来の雨樋による単なる排水ではなく、持続可能な形での「雨水の活用」が可能になります。
さらに、これらのタイルには「スマートボックス」と呼ばれるIoT機器が連動しており、リアルタイムでの水量の監視、必要に応じた排出の最適化などを自動的に行います。特に豪雨が予想される際には、タイル内の水を事前に排出し、浸水リスクを軽減するといった予防的な運用も可能です。
ターゲットは自治体と建築業界、水再利用の義務化に対応
Cactileの主な顧客層は、自治体、建築業者、公共施設の管理者などです。ヨーロッパでは、持続可能な都市開発や水資源の再利用を義務付ける規制が年々強化されており、Cactileのソリューションは、こうした制度に対応した実用的なツールとして歓迎されています。
屋根や外壁に同社のタイルを設置する費用は、1平方メートルあたりおよそ120~150ユーロ(約1万9,000円〜2万4,000円)。現在はまだ初期フェーズですが、既に2025年には10万ユーロ(約1,600万円)分の受注が確定しており、事業化が本格的に動き出しています。
また、外壁や庭のフェンスに応用するタイプの製品開発も進んでおり、将来的には「都市全体を巨大な水循環システム」に進化させることを目指しています。
量産化に向けた認証取得と資金調達へ
Cactileは、現在さらなるスケールアップを目指しており、事業拡大の鍵となる「建築素材としての公式認証(技術的適合証明)」の取得を2026年までに予定しています。これは、欧州全域での導入促進に必要なステップであり、製品の信頼性と安全性を担保する重要なプロセスです。
この量産化フェーズを成功させるため、同社は現在60万ユーロ(約9,600万円)の資金調達を目指しています。この資金は、以下の3点に活用される予定です。
- 開発チームの拡充(技術者・営業の増員)
- 製品の工業化=量産体制の整備
- 新オフィス・研究設備の拡充
都市部のインフラ更新、公共建築物の持続可能化、さらに新築住宅市場の「エコ建材需要」といった動きに乗ることで、同社は数年以内に大規模な成長を見込んでいます。
建築の未来を「水の再生」で描くスタートアップ
Cactileの目指す世界は、「都市そのものが水の循環装置になる未来」です。従来、建物は自然環境からの影響を「遮断するもの」として設計されてきましたが、Cactileはそれを逆転させ、「自然と共生する構造体」へと変えていこうとしています。
建物の屋根を「使える雨水の貯蔵庫」に変えるこの技術は、フランスだけでなく、水資源に悩む世界中の国々にとっても非常に有望なソリューションとなるはずです。
サボテンが極限の環境においても生き抜くように – Cactileは、都市建築を「持続可能な水のインフラ」へと再定義しようとしています。その挑戦は、気候変動時代の都市設計における一つの革命と言えるでしょう。

