
メタン漏れを高精度でリアルタイムに検出できる技術
フランス・イゼール県サン=マルタン=デュリアージュを拠点に活動するスタートアップ「Mirega(ミレガ)」は、量子物理学に基づいた先進技術を駆使し、温室効果ガス、特にメタンの漏れ検知と排出量測定の分野で革新をもたらしています。気候変動対策の観点から極めて重要であるにもかかわらず、あまり注目されてこなかったこの分野において、Miregaは注目すべき存在です。
同社は、フランスの経済誌『Challenges』が発表する「2025年に投資すべきスタートアップ100社」にも選出されており、環境技術分野で将来が期待される企業の一つとされています。
メタン漏れは、CO₂の80倍もの温室効果を持つ
地球温暖化の元凶として最も知られているのは二酸化炭素(CO₂)ですが、実はメタンの温室効果はCO₂の約80倍にもなります(20年間のスパンで比較した場合)。特にガス業界や石油産業、さらには埋立地やガソリンスタンドなどで見られる小規模な漏れが、積み重なることで深刻な環境影響を与えているのです。
Miregaは、このメタン漏れを高精度で、しかも現場でリアルタイムに検出できる技術を開発しました。これまでの手法では理論値に頼った排出量計算が主流でしたが、Miregaの技術は「実測」によってその差異を明らかにします。これは、2026年から施行される予定のEU規制(企業に対し、温室効果ガスの正確な排出量測定を義務づける法令)に対応するための有力なソリューションとなります。
スキー好きの光学技術者が気候変動に立ち向かう
Miregaの創業者であるヴァンサン・アルディ氏(45歳)は、光学とフォトニクス(光工学)の分野で既に2社の創業経験を持つエンジニアです。しかし彼は、スキーインストラクターとして山で過ごす中で、気候変動の影響を肌で感じたことをきっかけに、「自身の専門技術を、地球温暖化対策に役立てたい」と考えるようになりました。
こうして2023年2月にMiregaを創業し、同じく起業家精神を持つ友人ピエール・マイウ氏(38歳)とともに事業をスタートしました。さらに、ENS(フランス高等師範学校)パリ校の研究者であり量子物理学の専門家でもあるヤコブ・ライシェル氏(59歳)とロマン・ロング氏(49歳)もチームに加わりました。
この2人の研究者は、量子光学の技術を応用して、ガス測定装置の小型化に成功しました。彼らの開発した新技術は、持ち運び可能なガス分析器として実用化されつつあり、現場での迅速な漏れ検知や正確な排出量測定を可能にしています。
価格は約3万ユーロ、主な顧客はエネルギー・廃棄物関連業界
Miregaの開発したガス分析装置は、主にエネルギー業界(特にガス・石油関連企業)や廃棄物処理場、さらにはガソリンスタンドなどを対象に販売される予定です。販売価格は約3万ユーロ(約480万円)を想定しており、測定の正確性と小型化という点で既存の技術を大きく凌駕します。
この装置は、以下の2つの主要な用途に活用されます。
- メタン漏れの即時検出
- 産業現場における「実際の」温室効果ガス排出量の計測(従来の理論値とは異なる)
特に、法規制により排出量報告の義務が厳格化される今後において、需要は一気に高まると予想されています。
技術のコアは「光学フィルター」、他分野でも応用が進む
現在、Miregaはさらなる小型化に向けて開発を続けていますが、すでに特許取得済みの技術である「光学フィルター」の製造・販売は始まっています。この光学フィルターは、価格6,000ユーロ(約95万円)程度で提供され、土木工学分野など他業界でも応用されています。たとえば、橋梁の構造変化を検出するセンサー技術などに転用されているのです。
この技術はすでに複数の国際的な研究機関・企業に採用されています。主な顧客には、ベルギーのIMEC、ウィーン大学、アメリカのメリーランド大学、日本のNTT、さらに光ファイバー監視技術の企業Sintelaなどが含まれています。
インキュベーションと事業成長、そして資金調達へ
Miregaは、フランスの大手ガス事業者であるGRTガスが支援するインキュベーションプログラムに参加しており、またENS内の著名な研究所「LKB(カスティンブリュン・ラボ)」にラボスペースを構えています。
2024年の受注額はすでに9万ユーロ(約1,440万円)に達しており、2025年には18万ユーロ、2026年には85万ユーロを見込んでいます。アルディ氏は「まだ研究所の製造能力に制限されているが、すでに損益分岐点は目前です」と語っています。
現在、Miregaはさらなる開発と本格的な生産体制への移行を目指して、120万ユーロ(約1億9,000万円)の資金調達を進めています。この資金は、分析器のさらなる小型化、量産体制の確立、そして2027年の黒字化達成のために使用される予定です。
革新的技術で「見えない排出」を可視化
温室効果ガスの排出削減というグローバルな課題に対して、Miregaは「見えない漏れを見える化する」ことでアプローチしています。特にメタンのような高温暖化効果ガスを精密に可視化できる技術は、今後の産業界にとって必須のツールとなるでしょう。
量子技術を駆使した革新的なアプローチ、小型で携帯可能な測定機器、そして幅広い産業への応用可能性 – Miregaは、気候変動の抑制において「裏方」でありながら非常に大きな影響力を持つスタートアップです。
