カルロス・ゴーンが明かした三社連合の迷走と再生への条件:EV時代の競争戦略とは

カルロス・ゴーンが語るアライアンスの危機、EV転換の遅れ、競争力の低下。三社が生き残るための条件とは?

「協調なき漂流」カルロス・ゴーン氏が語る現在地

2025年の春、レバノンの首都ベイルートからリモート出演したカルロス・ゴーン氏は、フランスの経済番組「Good Morning Business」の画面越しに、冷静だがどこか切迫した表情を浮かべていました。
日産とルノーのアライアンスが誕生して四半世紀。その間に世界の自動車産業は、電動化・ソフトウェア化・中国メーカーの台頭といった巨大な転換点に直面しています。ゴーン氏は、かつて自らが構築したグローバル連合が「協調なき漂流」に陥りつつある現状を見据え、問題の本質と再生の条件を語りました。

ゴーン氏は2018年に東京で逮捕され、翌年には前代未聞の方法で日本を脱出。以来、国際手配の対象となり、ベイルートに滞在しながら講演やインタビューを通じて自動車業界への見解を発信し続けています。
逮捕から6年が過ぎた今も、彼の言葉には現役の経営者のような精度と鋭さが宿っています。画面越しの語り口からは、かつて日産を再建し、ルノー・日産・三菱連合を世界最大級の自動車グループへ導いた指揮官の面影がにじみます。

「日産の衰退も、アライアンスの迷走も、私はすでに予測していました。」
ゴーン氏は番組の冒頭でこう切り出しました。それは単なる旧トップによる批判ではなく、構造的な問題を知り尽くした人物だからこそ言える重さを帯びています。1999年に日産を救った人物として、そして複雑な資本構造を抱える多国籍アライアンスの責任者として、彼は内部からその脆さと限界を見てきました。

ルノーと日産は2023年から2024年にかけて持株比率を再調整し、双方が10〜15%の対等な出資に移行しました。一見すると均衡のとれたパートナーシップのように見えますが、実際には共同開発や部品共通化といった連合の根幹が大きく縮小し、“静かな別居”とも言える状態になっています。
アライアンスの目的はかつて明確でした。コスト削減、モデル開発の効率化、プラットフォーム共通化によるスケールメリット。しかし現在、それらは十分に機能していません。互いに依存せず、しかし決定的に離れきるわけでもない曖昧な状態が続いています。

ゴーン氏は、この曖昧さこそが最大の問題だと語ります。自動車産業は今、かつてないスピードで変化しています。中国勢は新型車を1〜2年で開発し、欧州市場を価格と性能で急速に浸食。欧州メーカーは電池製造とソフトウェア開発の莫大な投資に直面し、北米の自動車市場は金利上昇と購買行動の変化で揺れています。
こうした環境の中で、各社が明確な戦略を描けないことは致命的です。「意思決定が3年遅れればコストは3倍になる」という彼の言葉は、迷いが企業の競争力を奪う現実を端的に表しています。

かつて日産を黒字化に導いた“コストキラー”は、今のアライアンスの姿をどのように見ているのか。彼の視点は、3社の未来を占うだけでなく、EVシフトの荒波に立ち向かう自動車産業全体への問いかけでもあります。
世界市場で再び存在感を取り戻せるのか。それとも、協調を失ったまま漂流を続けるのか。
その答えを探るためには、まずアライアンス崩壊の構造的背景を理解する必要があります。

日産とルノーはなぜ崩れたのか:ねじれた資本構造の歪み

日産とルノーのアライアンスは、1999年の提携開始から20年以上にわたって世界最大級の自動車連合として成長してきました。共通部品の採用や生産拠点の共有、購買統合など、多くの企業が理想とする協業モデルの代表例とされ、2017年には年間販売台数で世界トップの座にも就いています。しかし、その成功は同時に複雑な構造を内包しており、後にアライアンスを蝕む要因となっていきました。

その中心にあるのが、「ねじれた資本関係」と呼ばれる非対称的な出資構造です。ルノーは日産株を43%保有し、完全な議決権を持つ一方、日産はルノー株を15%保有しているにもかかわらず議決権を持たないという極めて特殊な関係にありました。表面的には対等なパートナーを名乗りながら、実際には日産から見てルノーが一方的に上位に立つ構造が固定化されていたことになります。

当時、ルノーは国営企業から民営化されたばかりで、フランス政府が主要株主として影響力を維持していました。国家としての産業戦略が陰に陽にアライアンスに作用し、日産の経営判断が政治的要請と絡む場面も珍しくありませんでした。特に2015年以降、フランス政府は議決権強化を狙い、ルノー株の取得を進めたことで、アライアンス内の緊張はさらに高まります。日産側は「経営独立性が脅かされる」と反発し、両社の関係に見えない亀裂が入り始めました。

この構造が厄介だったのは、両社の力関係が常に揺れ動き、透明性を欠きやすい点です。アライアンスの枠組みでは技術開発、購買、生産、販売が連携されていましたが、資本関係が対等でないため、意思決定の場で不満が蓄積しやすい環境が生まれていました。経営会議では合意形成に時間がかかり、担当領域によっては主導権が曖昧なまま進むこともありました。協力すべき領域で互いに遠慮を生み、逆に利害が衝突する場面では摩擦が強まる構図です。

さらに、日産は2000年代後半以降に北米市場で存在感を拡大し、利益ではルノーを上回る規模に成長していました。にもかかわらず出資関係は1999年のまま変わらず、経営陣の間では「実態とかけ離れた立場」が次第に不満の温床となっていきます。技術の刷新や商品戦略を進めるうえでも、複雑な承認プロセスがボトルネックとなり、競争が激化するグローバル市場においてスピードが失われていきました。

この非対称性は、2018年のゴーン逮捕をきっかけに一気に表面化します。事件後、日産内部ではルノー主導としてのアライアンスに強い警戒感が広がり、両社は資本構造の見直しに向けて再交渉に入りました。2023年には互いの保有比率を15%へと均衡させる新枠組みに合意し、形式上の対等性は保たれました。しかし、この変化は「協力を深めるための均衡」ではなく、「適切な距離を取るための均衡」という意味合いが強いものでした。実際、共同開発車の比率は減り続け、アライアンスの象徴だった部品共通化率も大きく低下しています。

つまり、日産とルノーのアライアンスは、構造的な歪みを抱えたまま成長を続けたことで、競争環境が厳しくなった現在の市場に耐えうる柔軟性を失っていったと言えます。表面上の成功が内部の違和感を覆い隠し、それが長年蓄積した結果、協力関係は徐々に希薄化していきました。
この歪みがどのように三社連合を揺るがすことになったのか。その核心は、政治・文化・資本が複雑に絡み合うアライアンスの力学にあります。

アライアンスを揺るがした三重構造:政治・資本・文化が生む見えない摩擦

日産・ルノー・三菱自動車の三社連合は、世界でも稀に見る複雑な企業グループです。単なる資本関係の連結ではなく、異なる国、異なる法制度、異なる企業文化が折り重なった巨大なネットワークであり、その成功と難しさの両方がこの構造に由来しています。ゴーン氏がアライアンスを長年率いてきた背景には、この複雑なバランスを保つための緻密な調整がありました。しかし、その微妙な均衡は2010年代後半に崩れ始め、2020年代に入り顕在化していきました。

アライアンスの中心には、資本構造による力学が存在します。ルノーは日産株をかつて43%保有し、日産はルノー株に議決権を持たないという非対称の関係にありました。この構造は長年「ルノーが上位、日産が従属」という印象を市場や内部にも植え付け、日産側の経営陣に静かな不満を残していきます。特に日産が北米市場で業績を高め、売上規模でルノーを上回るようになってからは、「資本構造が実態と合わない」という声が現場レベルでも語られるようになりました。

さらに、フランス政府の存在はアライアンスにもう一つの政治的レイヤーを加えました。ルノーはフランス国家が主要株主であり、一定の戦略分野については国家の意向が経営判断に影響する仕組みが残っています。2015年、フランス政府が議決権を強化する目的でルノー株の取得を進めた際、日産側は強く反発し、アライアンスの内部対立が一気に表面化しました。自動車産業が国家産業として扱われる欧州では珍しくない構造ですが、グローバルな企業連合にとっては意思決定のスピードと透明性を損なう要因にもなり得ます。

アライアンスのもう一つの難題は、文化的な摩擦です。フランスと日本では企業文化が大きく異なります。フランス企業は議論による合意形成を重視し、透明性の高いガバナンスを理想とします。一方、日本企業は現場主導と暗黙知による調整が根強く、慎重な段取りを踏む意思決定プロセスを好みます。どちらが良い悪いではなく、思考の速度と優先順位が異なるために、協力が複雑になりやすいのです。

具体的には、開発プロセスのスピード、品質基準の細部、リスクの捉え方、労働慣行などに違いが存在しました。たとえば、新型車の企画を進める際には、フランス側が短期間で仕様を固めたいと望む一方、日本側は長期的な品質保証や不具合リスクの検証に時間をかける傾向があります。こうしたアプローチの違いは、協業プロジェクトの進行速度に影響し、互いに相手の部署を「遅い」「慎重すぎる」と感じさせる環境を作っていました。

さらに三菱自動車の加入により、アライアンスの文化構造はさらに複雑になりました。三菱は独自の歴史と技術を持ち、アライアンス内での立ち位置は日産ともルノーとも異なります。三社間で共通の戦略ビジョンを作る過程では、常にそれぞれの文化と価値観が交差し、時に摩擦を生んでいました。

この三重構造が本格的に軋み始めたのは、2018年のゴーン逮捕以降です。逮捕はアライアンスの中心人物を突然失うだけでなく、内部で長年蓄積していた不信や不満を一気に噴き出させました。
「誰が主導権を握るべきか」
「どの国のルールに従うべきか」
「どこまで協力し、どこから独立すべきか」
といった根源的な問いが経営陣の間で再浮上し、アライアンスは過去のような強固な協調を失っていきます。

複雑な資本関係、政治的思惑、企業文化の違い。これらが重層的に絡み合い、三社連合は一枚岩であり続けることが難しくなりました。アライアンスの歴史は、国境を越えた協業の可能性と限界を同時に示しています。

逮捕がもたらした激震と“アライアンス冬の時代”

2018年11月19日、カルロス・ゴーン氏の突然の逮捕は、世界の自動車産業に大きな衝撃を与えました。国際的な経営者が司法手続きの場に引き出されるという事態そのものが異例であり、同時に三社連合の中心人物が一瞬で姿を消すことは、アライアンスにとって想定されていないリスクでした。
逮捕の経緯はすでによく知られていますが、より重要なのは「この瞬間を境にアライアンスの均衡が崩れた」という事実です。

ゴーン氏は日産、ルノー、三菱をまたぐ三社連合の指揮官であり、資本関係と意思決定プロセスの“接着剤”として機能していました。三社それぞれの文化と利害を調整し、共通プラットフォームや部品共通化を推し進めることができたのは、トップに一人の調整役がいたからです。
その中心が突然抜けたことで、アライアンスは機能的にも心理的にも深い亀裂を抱えることになりました。

逮捕後、日産内部ではガバナンス強化を求める声が高まり、ルノー主導と見なされていた経営構造への反発が一気に表面化しました。2019年初頭には、日産内部の調査チームと東京地検特捜部の連携が公表され、社内外でいっそうの緊張が走ります。
一方ルノーは、逮捕に強い違和感を示し、フランス政府も「アライアンスの安定」を名目に日産側の対応を注視しました。ここで両社の視点は完全にずれます。日産は「経営独立性の回復」を優先し、ルノーは「アライアンス維持」を重視する。この温度差がその後の戦略の乖離を生みました。

2019年末、ゴーン氏が日本からレバノンへ逃亡したことで、アライアンスは第二の転換点を迎えます。トップ人事、組織体制、株式構造の見直しが一気に加速し、アライアンスは「協調を前提とした連合」から「対等性の再定義を求める関係」へと姿を変えていきました。

2023年には、長年の課題だった資本構造が再編され、ルノーと日産の持株比率は互いに15%へと均衡化されます。翌2024年には、それを10%台へさらに引き下げることで合意し、事実上の“距離の確保”が始まりました。
形式的には対等ですが、かつてのように開発や調達を強く共有する関係ではありません。表向きのバランスが整った一方で、連携の実体は薄れています。

実際、2020年代半ばのアライアンスでは、共同開発車の割合が低下し、共通部品の採用率も急速に落ち込んでいます。かつては年間100億ユーロ規模のシナジー効果を生んだと言われる連携も、現在では各社が独自戦略を優先するため、効果は限定的となりました。三社は同じテーブルに座りながら、異なる方向を向き始めています。

「アライアンスはもはや機能していない」。ゴーン氏はインタビューでこう語ります。それは単なる挑発ではなく、データでも裏付けられつつある現状です。各社の投資先は分散し、EV技術もソフトウェア開発も、もはや全面的に共有されているとは言えません。

この期間はしばしば「アライアンス冬の時代」と呼ばれます。三社が連携を縮小し、互いの存在を冷静に見つめ直す一方で、自動車市場では劇的な変化が進んでいました。中国の新興メーカーが欧州を席巻し、北米市場では利幅の大きいSUVとピックアップが競争を激化させ、欧州各国はCO₂規制を厳格化する方向へ舵を切ります。

つまり、アライアンスが内部の調整に追われていた時期に、外の世界では次の競争フェーズがすでに始まっていたのです。
この遅れが、後に日産やルノーの戦略の迷走に大きく影響していきます。

内部の迷走と外部環境の激変。この二つが重なった結果、アライアンスは自らの存在意義を問い直さざるを得なくなりました。そして、日産とルノーはそれぞれ異なる課題に直面し、かつての協力体制は別の姿へと変質していきます。

日産の危機:北米依存と判断の遅れがもたらした史上最大赤字

2025年4月、日産自動車は2024年度の最終損益を7,000億〜7,500億円の赤字へと大幅に下方修正しました。これは1999年度の6,843億円を上回り、同社の歴史で最も大きな損失となる可能性があります。この数字は単なる一時的な業績悪化ではなく、日産が長年抱えてきた構造的な問題が一気に噴き出した結果です。

まず特筆すべきは、固定資産の大規模な減損処理です。北米、欧州、南米などにある複数の工場や販売ネットワークについて、将来の収益では資産価値を回収できないと判断され、およそ5,000億円規模の減損損失が発生しました。これは「事業規模を適正化するために、過去の積み上げを一度リセットする」という決断であり、構造改革の痛みを先取りした側面を持っています。しかし、短期的には財務に大きな負荷がかかり、赤字の主要因となりました。

次に、工場閉鎖や人員整理に伴う構造改革費用が600億円以上に達しました。大型の生産再編は将来の競争力を高めるための必要な投資ですが、日産の場合、それが市場の変化に比べて遅すぎたという問題があります。世界が電動化シフトに向けて動き出した2010年代後半、日産は「リーフ」で先行したにもかかわらず、その後のラインアップ拡充に踏み切れませんでした。社内の意思決定が遅れた結果、EV市場が急成長する局面で主導権を取り逃がし、投入したリソースと市場の需要がかみ合わない状態が続きました。

こうした遅れが最も顕著に現れたのが北米市場です。北米は日産にとって最大の収益源であり、販売台数と利益の多くをここに依存してきました。しかし、近年の金利上昇、リース料の増加、消費者の購買行動の変化が重なり、特にSUVとピックアップが競争の中心となる分野で勢いを失いました。日産の主要モデルはフルモデルチェンジのサイクルが長く、新型車投入のタイミングもライバルに比べて遅れがちでした。加えて、品質評価や顧客満足度の面で課題が指摘されることも多く、ブランド力の再構築に時間を要したことも北米での苦戦につながっています。

元会長のカルロス・ゴーン氏は、日産の経営判断の遅れを最も重大な問題として指摘しています。「決断が3年遅れればコストは3倍になる」という彼の言葉は、開発や生産体制を立て直すタイミングを失った日産の現状を象徴しています。
特に2019年以降、アライアンス内での協業が急速に縮小し、日産は自力で技術投資と開発を進めざるを得なくなりました。これにより、かつてルノーとの共通化によって得ていたスケールメリットが失われ、車両1台あたりの開発コストが実質的に増加しました。技術競争が激しさを増す中、単独での戦いは企業規模を問わず大きな負荷となります。

中国市場でも原材料費や物流費の上昇が直撃し、欧州市場では電動化対応の遅れが販売の伸び悩みにつながりました。日産は北米偏重の構造のまま多地域で苦戦し、依存先の市場が揺らぐと経営全体が脆くなるというリスクが改めて顕在化した形です。

財務面でも厳しい影響が出ています。格付け機関のS&Pグローバルは2025年1月に日産の見通しを「ネガティブ」とし、ムーディーズは2025年2月に日産を投機的等級へ格下げしました。市場は日産の再建計画に不透明さを感じており、株価も同期間で大きく下落しています。
株主配当の見送りも発表され、財務の健全性と株主還元の両立が課題として浮き彫りになりました。

こうした状況の中で、日産が再び成長軌道に戻るためには、北米依存の構造を根本から見直し、複数市場で安定的に収益を生み出せる体制を作ることが不可欠です。
それには、

  • 開発サイクルの短縮
  • 電動化への積極投資
  • アライアンスや外部企業との水平連携
  • ブランド価値の再構築


といった複数の要素が同時に求められます。

日産の危機は単なる業績悪化ではなく、グローバル競争の構造変化にどれだけ柔軟に適応できるかを問う試金石となっています。

ルノーの再成長と“欧州専業化”:R5ヒットの光と影

2024年度、ルノーは営業利益43億ユーロ、売上高562億ユーロという過去最高の業績を記録しました。
電気自動車「R5 E-Tech」の復刻は象徴的な成功例となり、2024年4月にはフランス国内でEV販売台数1位を獲得。欧州全体でも同社のEVラインアップは高い評価を受け、ブランド力の回復と収益性向上が目に見える形で表れています。

数字だけを見るとルノーは順調に再成長しているように映ります。しかし、この成功は特定の地理条件に強く依存しており、別の角度から見ると非常に脆い基盤の上に成り立っていることがわかります。
その最も大きな特徴が、販売台数の約7割以上を欧州市場に頼る「欧州専業メーカー化」です。

欧州市場は電動化への移行が急速に進んでおり、ルノーのEV戦略はその潮流に合致しています。CO₂規制を背景に、ハッチバックやコンパクトモデルを中心とした電動ラインアップは高い競争力を示しており、R5や即将投入される「R4 E-Tech」もこの市場特性に適した商品です。
しかし、欧州は世界市場の一部でしかありません。世界の自動車販売台数は年間約8,000万台。そのうち最大市場の中国が約3,000万台、続く米国が1,600万台、そして欧州は約1,200〜1,400万台にとどまります。主要メーカーはこの三大市場のうち最低2つで存在感を持つことが安定成長の条件とされています。

ルノーは現在、このうち欧州でしか戦えていません。
中国市場からはほぼ撤退状態、米国市場では何十年も存在感を持てていません。
この非対称な構造は、短期的な業績好調とは裏腹に、長期の視点では非常に大きなリスクを抱えています。

元会長のゴーン氏は、この偏りを強い口調で指摘しています。「欧州だけで成功しても、それはグローバルメーカーとは言えない」「1999年以前の“欧州専業のルノー”に戻ってしまった」と分析し、地理的バランスの欠如が成長力を奪うと警鐘を鳴らしています。

背景には、欧州の自動車会社が電動化とソフトウェア開発に巨額投資を迫られているという状況があります。欧州連合は2025年にCO₂排出量規制(CAFE規制)を一段と強化し、新車の平均排出量を93g/kmから68g/kmへ引き下げる目標を掲げています。
この基準を満たすためにはEVやハイブリッドの比率を大幅に引き上げる必要があり、ルノーはEV専門子会社「アンペール(Ampere)」を2024年に分社化し、上場を通じて最大80億ユーロの資金調達を狙っています。

しかし、EV開発とバッテリー調達には莫大な資金が必要で、欧州偏重のルノーが単独で世界と戦うには荷が重い局面に差し掛かっています。
欧州市場向けに最適化された戦略は高い収益を生む一方、中国勢の低価格EVが急速に進出する現状を考えると、基盤が揺らぐリスクは小さくありません。

さらに、グローバル展開が限定的であるため、スケールメリットを最大限に活かしにくいという制約もあります。自動車業界では部品共通化と大量生産によるコスト削減が重要ですが、市場が欧州中心にとどまるルノーは、世界規模でのスケールを展開するトヨタやフォルクスワーゲン、あるいは新興EVメーカーと比べても戦い方が限られています。

こうした状況を踏まえると、ルノーは短期的な成功を収めながらも、長期の競争力を確保するためには市場の再多角化が不可欠であることがわかります。
その第一歩として期待されているのが、中国・吉利(ジーリー)との連携、そして内燃機関事業を統合した新会社「Horse(ホース)」のグローバル展開です。
しかし、これはまだ序章にすぎません。

R5が成功した今こそ、ルノーは次の戦略を問われています。
欧州だけで戦うのか、それとも再び世界へ軸足を広げるのか。
その判断が遅れれば、日産と同様、環境変化に押し流される危険性もあります。

消えたホンダ連携と、ジーリーが握るルノーの未来

2024年春、日産とホンダが電気自動車(EV)と車載ソフトウェアで包括提携を検討していると報じられたとき、自動車業界は大きく反応しました。国内大手2社によるEV・ソフト統合は画期的であり、世界市場でも新たな競争軸となり得たからです。しかし期待は長く続きませんでした。わずか1か月後、両社は正式に交渉を打ち切り、提携構想は消えました。

破談の理由は単純ではありません。日産・ルノー・三菱という複雑な資本関係を背景に、日産側が新たな資本関係を結ぶ余地が事実上限られていたこと、そしてホンダが独立性を強く守る企業であることが大きく影響しました。
特に、将来の技術基盤であるEVプラットフォームやソフトウェアアーキテクチャを共有する場合、株式比率や議決権の問題を避けることはできません。両社の交渉は、この根本的な線引きに踏み込んだ時点で難しい局面を迎えました。

一方で、この破談を象徴的に見る向きもあります。日本の大手メーカー同士でさえ、EV投資とソフト統合の規模が巨大であるため、単独での戦いが難しくなっているという現実です。
しかし日産は、アライアンスの変質と過去の摩擦から、国内勢との深い資本連携は容易ではありません。結果として、ホンダとの協業は可能性がありながらも、最も繊細な領域で折り合うことができず幕を閉じました。

この状況を対照的に見せるのが、今のルノーです。
ルノーは欧州市場で成功を収めながらも、電動化・ソフトウェア化への投資負担が重く、単独でのグローバル戦略には限界が見え始めています。その中で、最も重要なパートナーとして名前が挙がるのが中国の大手自動車メーカー、吉利汽車(ジーリー)です。

ルノーとジーリーはすでに内燃機関事業を統合し、新会社「Horse(ホース)」を設立しました。Horseはエンジン、ハイブリッドシステム、関連部品を世界規模で供給することを目指しており、技術開発や製造拠点の最適化で大きなシナジーが期待されています。
しかし、ゴーン氏は「これは序章に過ぎない」と警告します。理由は明確です。ルノーが本当に競争力を取り戻すためには、EVの基盤であるバッテリー、プラットフォーム、ソフトウェアに至るまで、より深いレベルでの統合が不可欠だからです。

中国はすでに世界最大のEV市場であり、バッテリーコストの低さ、開発スピードの速さ、そして価格競争力で他地域を大きくリードしています。欧州メーカーが中国勢と正面から戦うには、技術力とコスト構造の両方で大きな差を埋める必要があり、そのためには単独での投資ではスケールが不足します。

その点でジーリーは、ルノーが欠いたパズルのピースを多く持っています。

  • 電動化技術の量産経験
  • 中国市場の販売ネットワーク
  • ボルボやポールスターで培ったEVプラットフォーム
  • 迅速な開発サイクル
  • グローバルな調達力と競争力の高いサプライチェーン

 

これらの強みは、欧州だけで戦うルノーにとって喉から手が出るほど必要なものです。
ジーリー側にとっても、欧州ブランドとの協業は技術力の底上げとグローバル展開の拡大につながります。

つまり、両社は補完関係にありながら、世界市場での存在感を高めるために互いを必要としています。
ゴーン氏は「欧州専業に戻りつつあるルノーにとって、ジーリーとの深い提携は生命線になる」と語り、単にエンジン事業をまとめるだけの連携では不十分だと強調します。

ホンダとの提携が成立しなかった日産、欧州偏重を脱する必要があるルノー、そしてグローバル展開を加速したいジーリー。
それぞれの思惑が交差する現在、アライアンスの再構築はもはや選択肢ではなく、生存戦略の一つとなりつつあります。

中国の新興勢力が突きつける現実:スピードと価格が欧州を塗り替える

2020年代半ば、自動車市場の主役は静かに移りつつあります。その中心にいるのが中国のEVメーカーです。かつては欧米や日本のメーカーが技術の最先端とされていました。しかし今、その地図は急速に塗り替えられています。最も象徴的な存在がBYD(比亜迪)です。

BYDは2007年には乗用車販売がほぼゼロに近い規模でしたが、そこからわずか17年で年間400万台を販売する巨大メーカーへと成長しました。特にEVとプラグインハイブリッド車(PHEV)の分野では圧倒的な存在感を放ち、2023年には世界EV販売でテスラを一時的に上回ったことでも注目を集めました。

この急成長の理由は大きく三つあります。
一つ目は、開発スピードの速さです。欧州メーカーや日本メーカーが新型車を市場に投入するまでに通常3〜4年を要するのに対し、中国勢は最短で2年、場合によっては18か月程度で新型車を量産します。特にBYDや吉利はバッテリーと車体プラットフォームの内製化を徹底し、企画から生産までの工程を極限まで短縮しています。

二つ目は価格競争力です。中国企業はバッテリーの大部分を国内で生産し、LFP(リン酸鉄リチウム)系の安価で安全性の高いバッテリー技術を早期に量産化しました。その結果、欧州メーカーが2〜3万ユーロで販売するEVに対して、中国勢は1万5,000ユーロ前後で競争力のあるモデルを提供しています。
欧州のEV市場が価格面で停滞する中、この差は消費者行動を大きく揺さぶっており、中国メーカーの台頭をさらに加速させています。

三つ目は、ソフトウェアとUIの設計力です。中国メーカーの多くはスマートフォン産業との連携が深く、車載OSのアップデートやアプリ統合に関して柔軟でスピーディな改善を行います。ユーザーのフィードバックを素早く実装できることが、ブランド体験そのものを強化する要因になっています。

こうした変化は、欧州の自動車産業にとって大きな脅威です。欧州連合はEV普及を促進するために補助金や規制を導入しましたが、その結果、市場に真っ先に適応したのは欧州メーカーではなく中国メーカーでした。2024年には欧州委員会が中国製EVに対する調査を開始し、補助金の有無や価格構造の透明性を審査しましたが、市場の席巻を止めるには時間がかかると見られています。

この急激な競争環境の変化を、ゴーン氏は「日産が失ったものの象徴」と語ります。彼が繰り返し指摘するのは、“スピード”の重要性です。EV市場では、開発の遅れが競争力の低下に直結します。かつて日産は「リーフ」で世界に先駆けたEVを投入しましたが、後続のラインアップ拡充やコスト改善が遅れ、中国勢との距離は年々広がっています。

ルノーも同様に欧州市場では成功しているものの、価格面と量産能力では中国勢に明確な差をつけられています。R5は魅力的なモデルですが、欧州のコスト構造では低価格帯のEVで中国勢と真正面から競争するのは容易ではありません。
欧州市場で中国メーカーが占めるシェアは今後も拡大すると見られ、欧州委員会の保護政策が効果を示すまでには時間が必要です。

日産やルノーが直面しているのは、単なる競争ではなく、新しい産業構造への適応の遅れです。中国メーカーは価格、スピード、技術の三拍子を揃え、すでに欧州のEV市場で重要なプレイヤーとなっています。今後、欧州メーカーが独自に開発スピードを高めるか、外部企業との連携でコストを下げるか、その選択が企業の生存に直結します。

フォックスコン型の水平分業は再建の鍵となるか:自前主義からの転換点

自動車産業は長らく「垂直統合」が常識でした。エンジン、トランスミッション、車体、電装、さらには設計から生産・販売までを自社で一貫して担うモデルこそが品質と競争力の源泉とされてきました。日産やルノーもまさにこの前提の中で成長してきた企業です。しかし、EVシフトが急速に進む現在、その前提が揺らぎ始めています。

その変化を象徴する存在が、台湾の巨大EMS企業・鴻海(ホンハイ/Foxconn)です。iPhone製造の代名詞ともいえる同社は、近年「EVの受託生産」を新たな柱として育てています。彼らの目標は明確です。“クルマをスマートフォンのように作る”という発想で、最小コスト・最速開発の仕組みを自動車産業にも持ち込むことです。

■ 水平分業がもたらす構造変化:クルマは“プラットフォーム”になる

フォックスコンが提案するモデルでは、メーカーはすべてを自前で抱える必要がありません。シャシー、電池モジュール、電子制御、コネクテッドサービスなど、車の主要要素を標準化し、共通プラットフォームとして他社へ提供します。
その上で、自動車メーカーはデザイン、ブランド戦略、ユーザー体験(UX)といった“差別化領域”に集中できるという仕組みです。

このアプローチは、従来の重厚な製造プロセスとは対照的です。
設備投資を軽減しながら、多車種展開を柔軟に行える。
新規参入企業にとっては参入障壁が劇的に下がり、実際、ベトナムのVinFastやインドのスタートアップ企業はこのモデルを積極的に活用して急成長しています。

■ 日産にとって「救命ロープ」になり得る理由

カルロス・ゴーン氏が水平分業に注目するのは、日産の財務制約が深刻化しているからです。
2024年度の日産は史上最大規模の赤字に直面し、大規模な投資を必要とするEV領域で競争を続けることが極めて難しくなっています。特に電池工場や次世代プラットフォームの開発は数千億円単位の投資が必要で、自前での継続は現実的とは言いがたい状況です。

その点、フォックスコン型モデルは“必要な部分だけを外部化する”柔軟性を持ちます。

  • 車体の設計は自社で行う
  • 電池と電子プラットフォームは外部企業が提供
  • 生産も委託し、製造コストを抑える

 

こうした分業は、現代のEV開発で最も負荷が大きい領域(電池・電子アーキテクチャ・巨大設備投資)を外部に預けることで、日産が再び競争力を取り戻す余地を生みます。

■ 三菱自動車がすでに先行している現実

興味深いのは、このモデルに最も早く適応し始めているのが三菱自動車だという点です。三菱は、アジア新興国向けEVでフォックスコン傘下企業との連携を試験的にスタートさせています。
オーストラリアで進む政策対応型EV開発でも、外部パートナーとの協業が前提となっています。
巨大投資が難しい中堅メーカーが生き残るには、水平分業は極めて合理的な選択肢になりつつあります。

■ ルノーにも不可欠となる外部パートナー戦略

ルノーはアンペール上場を通じて巨額の資金を調達しつつありますが、欧州単独ではコスト競争力の面で限界があります。すでに吉利(ジーリー)との内燃機関統合「Horse」で水平分業に半歩踏み出しており、今後はソフトウェアやEVプラットフォームの領域でも外部との連携を深める可能性があります。

ゴーン氏はこの動きを「外からは当たり前に見えるが、旧来の欧州メーカーにとっては大きな発想転換だ」と評価しています。欧州メーカーは自前主義を誇りとする文化を持ちますが、それこそが競争スピードを阻害する要因にもなり得ると指摘しています。

■ 「自社で全部作る時代は終わった」

水平分業の本質は、産業構造の変化にあります。
電気自動車は、ガソリン車と違いエンジンの複雑な加工が不要で、電子部品の比率が高く、ソフトウェア更新が製品価値を大きく左右します。
もはや自動車は、自前の技術だけで成立する製品ではありません。むしろ外部との連携こそが成長の源泉になりつつあります。

フォックスコン型のモデルが示しているのは、
「ソフトと電池が主役の世界では、分業こそが合理的な競争戦略になる」
という新しい現実です。

日産、ルノー、三菱がこの流れをどれだけ早く受け入れられるかが、今後の再建の成否を左右する鍵になるでしょう。

投資家が注目する数字の現実:株価は二社の“隠れた連帯”を映し出す

アライアンスは公式には「対等なパートナーシップ」に再編されました。しかし、株式市場には別の物語が流れています。
それは、ルノーと日産が依然として“連鎖する運命”を持つ企業として評価されているという事実です。

2024年から2025年にかけて、両社の株価や格付けは驚くほど連動しました。これは政治的な声明や共同プロジェクトの数よりもはるかに雄弁で、投資家の冷静な判断を映し出しています。

■ 株価は“相互依存”の影を隠さない

2024年10月、ルノーの株価は58ユーロを記録し、アンペール上場への期待もあって市場はおおむね好意的でした。
しかし、2025年4月に日産の巨額赤字(7,000〜7,500億円)が報じられると、ルノー株は一気に46ユーロ台へ下落。短期間で20%もの価値を失いました。

北米依存が深刻化した日産の不調が、なぜフランス企業であるルノーの株価を直撃するのか。
理由は単純です。市場が「ルノーが日産株をどこまで売り切れるか」を厳しく見ているからです。

アンペール(EV子会社)を成長軌道に乗せるには巨額の投資が必要で、その資金源として日産株の売却が不可欠と考える投資家が多いのです。
つまり、日産株価が不調であればあるほど、ルノーの財務戦略は不安定になり、株価が連動してしまうという構図です。

この相関関係は「アライアンスが薄れたから終わり」ではなく、むしろ「株式市場ではアライアンスはまだ解かれていない」という現実を示しています。

■ 日産は“ジャンク格付け”に近づき、財務リスクが顕在化

2025年2月、格付け機関ムーディーズは日産を「投機的等級(ジャンク債)」へ格下げしました。
S&Pも見通しを「ネガティブ」とし、財務改善が見込めない場合はさらに一段階の格下げがあり得ると指摘しています。

これは自動車メーカーにとって非常に重い評価です。
社債調達のコストが跳ね上がり、研究開発投資や工場の再編といった長期戦略が制限されます。
つまり、未来への投資力が削がれるということです。

こうした財務リスクが表面化すれば、当然ながらルノーも影響を受けます。日産株の市場価値が落ちるほど、ルノーが温存している売却余地も狭まり、EV戦略の足かせとなるからです。

■ 営業利益率は、二社の“体質の違い”をはっきりと示す

2024年度の営業利益率を見ると、ルノーは7.6%と堅調です。R5 E-Techのヒットと欧州市場での価格適正化が成功し、利益率は近年で最も健全な状態にあります。

対照的に日産は▲5%(マイナス)と、構造的な赤字体質が定着しつつあります。
固定資産の減損処理も大きな要因ですが、それだけではありません。
モデルラインアップの整理、製品投入の遅れ、北米でのブランド力低下など、複数の弱点が積み重なっています。

つまり、ルノーは「稼ぐ力を保ちながら投資不足に苦しむ企業」、日産は「投資余力が足りず体力を消耗している企業」という構図になっているのです。

■ 投資家が注視している“二つの問い”

市場が現在もっとも注目しているのは次の二点です。

1)ルノーは日産株をどの段階まで売却し、どれだけEV投資を確保できるのか

日産株売却はルノーの資金調達戦略の中心にあります。
しかし、日産の企業価値が下がれば下がるほど、売却で得られる資金は減り、アンペールの競争力を高める余力も小さくなります。

2)日産は北米依存から脱却し、利益体質を取り戻せるのか

日産の未来は、北米市場以外でどれだけ“稼げるクルマ”を作れるかにかかっています。
軽EV、ハイブリッド、商用EV、そして新しい水平分業モデル。
選択肢は多いように見えて、そのどれもが大きな投資を必要とします。

つまり、日産が復活しなければルノーも前に進めず、ルノーが資金調達に失敗すれば日産も再生が難しくなるという“負の連鎖”が生まれてしまうわけです。

■ アライアンスは終わっていない。少なくとも市場では

公式の声明がどうであれ、市場の評価は明確です。
ルノーと日産は依然として、株式と財務の側面でしっかりと結びついています。
それは1999年に始まったアライアンスが形を変えながらも継続していることを示す、もう一つの証拠です。

分断が進むほど、両社は逆説的に“互いの未来”に左右されるようになっています。
市場はその現実を冷静に見つめており、株価や格付けはその縮図と言えます。

投資家が注目する数字の現実 – ルノーと日産、株価に見る連鎖する運命

指標 ルノー 日産
株価(24/10→25/04) 58€ → 46€(▲20% ADR 8.4$ → 5.9$(▲30%
S&P見通し BBB-、ネガティブ BB+、ネガティブ
24年度営業利益率 7.6% ▲5%

スピードとスケールを取り戻せ:ゴーン氏が示す再生の5つのアクション

カルロス・ゴーン氏は、アライアンスが揺らぐ以前から「自動車産業はスピードとスケールの勝負になる」と語っていました。
その言葉は、2025年の現実を見れば明らかです。
中国メーカーは想像を超える開発サイクルの速さで新型車を投入し、アメリカの大手はソフトウェアと巨大資本を使って、新しい自動車の価値を再定義しつつあります。

その一方で、日産とルノーは組織の再編が続き、スピードもスケールも削がれた状態にあります。
そんな中でゴーン氏は、両社が競争力を取り戻すための「5つのアクション」を示しています。これらは単なる理論ではなく、過去に彼が実行し、日産を実際に再建した経験から導かれた“実務的な処方箋”です。

開発サイクルを24か月以内に短縮せよ

従来、自動車の新型モデル開発は少なくとも36〜48か月を要していました。しかし中国メーカーの多くは、18〜24か月で量産まで到達しています。

開発プロセスを見直し、意思決定を簡素化し、設計・試作・評価を並行して進める体制を構築しない限り、競争力は取り戻せません。
日産がかつて得意としていた“現場のスピード”は復活させることが可能です。問題は、組織がそのスピードを許容するかどうかです。

電池コストを「70ドル/kWh以下」に下げる

EVの価格競争力を決める最大の要素はバッテリーです。
2025年時点で欧州メーカーの電池コストは100〜150ドル/kWh程度。これでは中国勢と戦うことは不可能です。

ゴーン氏が提案するのは、次の2点です。

  • LFP(リン酸鉄リチウム)電池の本格採用

  • 大量調達によるスケールメリットの獲得

LFP電池は安価で安全性が高く、近距離移動が中心の欧州市場やアジア市場では非常に相性が良い技術です。
さらに、パートナー企業との共同調達や外部委託製造を活用することで、70ドル以下のコストに近づくことができます。

バッテリーコストを抜本的に下げられるかどうかは、日産・ルノーの両社にとって“生き残りの分岐点”になるでしょう。

OTA更新を前提にした電子アーキテクチャへ全面移行せよ

ソフトウェアは自動車の価値の中心へ移りつつあります。
かつてのように「モデルチェンジまで大きな改善ができない」時代は終わりました。
テスラが示したように、OTA(Over-the-Air)で車の性能や機能が継続的にアップグレードされるのは当たり前となっています。

ところが、日産もルノーも長年の電子設計に依存しており、ECUが多数に分散する古い構造を抱えています。
ゴーン氏は、この構造そのものを“スマートフォンのような一元管理型”に刷新すべきだと主張しています。

OTA前提のアーキテクチャになると、次のメリットが生まれます。

  • ソフトウェア更新を新たな収益モデルにできる

  • サービス期間中に車両価値が維持される

  • バグ修正や改善を迅速に反映できる

EVの時代、ソフトウェア力の差は直接的にブランド価値に影響するため、避けては通れない領域です。

世界三大市場のうち最低二つで「5%以上のシェア」を確保せよ

世界の自動車市場を構成する三大地域は以下の通りです。

  • 中国:約3,000万台

  • 米国:約1,600万台

  • 欧州:約1,200〜1,400万台

このうち、ルノーは欧州に偏り、日産は北米以外に弱い構造になっています。
どちらも“片翼飛行”の状態で、グローバル企業としての安定感に欠けています。

ゴーン氏が繰り返す警告は、「二つの巨大市場で5%のシェアを取らなければ、再建はあり得ない」というものです。

欧州だけ、北米だけでは不十分で、
中国、南米、中東、インドといった成長市場での存在感も不可欠です。

ジーリーと鴻海(Foxconn)との水平連携を「本丸」に据えよ

垂直統合の時代は終わりつつあります。
日産やルノーが自前であらゆる技術を抱え込むことは、財務的にも技術的にも限界が見えてきています。

そこで鍵となるのが、

  • ジーリー(Geely)との共同プラットフォーム構築

  • フォックスコン(鴻海)との受託生産・共同開発

この“水平分業モデル”です。

特にジーリーは、ボルボやポールスターの再建で確かな実績を持ち、EVプラットフォームの開発力では世界トップクラスです。
フォックスコンは製造効率で世界最高峰の企業であり、車体組み立ての外部化を本格的に可能にします。

どちらの企業も、日産・ルノーが今もっとも欠いている領域を補完できます。

二社が再び競争力を取り戻すには、この5つの改革は不可欠

ゴーン氏は、これらの提案を“夢物語”として語っているわけではありません。
かつて彼が日産再建を成し遂げた背景には、スピードを重視し、外部連携を恐れず、数字と現場の両方で改革を進めてきた経験があります。

2025年の自動車産業は、当時とは比べものにならないほど複雑です。
しかし、核心は変わりません。

意思決定の遅れは、競争力そのものの喪失につながる。
スピードとスケールを持つ企業だけが、生き残る。

ゴーン氏が提唱してきた「協調のレシピ」は、なぜ今こそ必要とされているのか

かつてルノーと日産が世界で最も成功したアライアンスと呼ばれた時代、その中心にあったのは、資本関係そのものではなく、両社が日常的に“協力して結果を出す”ための仕組みでした。カルロス・ゴーン氏はそれを「協調のレシピ」と呼び、特別な技術でも美しい理念でもなく、現場で生きる実務的な知恵として位置づけていました。

当時のアライアンスは、部品の共通化を徹底し、購買を一本化し、グローバルな販売網を互いに活用することで、目に見える成果を次々と生み出しました。日産が驚異的なスピードで黒字化した背景には、こうした“日々の協力”が積み重なった現場の改善があり、その力が連合全体の強さにつながりました。

しかし2020年代に入ると、この協調の仕組みは徐々に弱まり、2023〜2024年の資本関係見直しによってその傾向はさらに強まりました。形式上は対等な関係に近づいたものの、実質的には各社が別々の方向を向き始め、共同開発の数は大きく減少しました。
三菱は東南アジアに軸足を移し、日産は北米へと注力し、ルノーは欧州EV市場に集中するなど、各社の戦略は分断されつつあります。外側から見ればアライアンスは存続しているように見えますが、内側で働く“協調の力”は、かつてと比べると明らかに弱まっています。

この状況が誤解を生むのは、アライアンスの問題がゴーン氏の事件と重ねて語られがちな点です。彼の離脱によって協調体制が否定されたかのように捉えられることもありますが、ゴーン氏自身は、否定されたのは法的・ガバナンス的な問題であり、協調という仕組みそのものではないと繰り返しています。
実際、EV時代を迎えた今でも、部品の共通化や生産の最適配置、ソフトウェアや電池開発の共有は、自動車メーカーにとって最も有効な戦略であり続けています。

むしろ、現在の三社が直面している課題は、“協調をやめた結果としてスケールメリットを失いつつあること”にあります。開発費は増え、投入スピードは鈍り、各社の存在感は市場によってばらつきが大きくなりました。
EVの普及が本格化し、企業に求められる投資が巨大化した今こそ、本来アライアンスが持っていた「一緒に動くことによって得られる力」が必要とされています。

さらに、今日の自動車産業は、20年前とは異なる協力関係のあり方を求めています。ガソリン車を中心とした時代には、エンジンや生産工場の共有が協調の中心でした。しかしEV時代には、ソフトウェアや電子アーキテクチャ、電池プラットフォームといった、より広い範囲での連携が求められます。
また、中国や台湾の企業は水平分業のモデルを強みとして急速に存在感を増しており、技術や部品を柔軟に共有しながら市場を広げています。

つまり、三社がこれから目指すべき協調は、かつてのアライアンスの形をそのまま復元することではありません。ソフトウェアや電子プラットフォーム、調達スケールなど、EV時代の競争条件に合わせて協力範囲を再設計し直す必要があります。
そのためには、資本や形式に縛られず、必要な分野で必要なだけ協力し合う“水平型の連携”を取り入れることが重要です。

EV市場が本格化し、世界の競争環境がこれほど厳しくなっている今、三社に必要なのは、ゴーン氏がかつて作り上げた協調の精神を新しい時代に合わせて再構築することです。
それは、過去を取り戻すためではなく、未来を生き抜くために不可欠な作業なのです。

2030年までが正念場:三社連合はどこへ向かうのか

日産・ルノー・三菱の三社連合は、2025年の今、大きな岐路に立っています。アライアンスは名目上存続しているものの、その実態はかつての協調体制から大きく後退しました。電動化の加速、車載ソフトウェアの重要性、価格破壊を進める中国メーカーの台頭、さらに原材料高や地政学リスクまで重なり、自動車産業の構造は過去に例を見ない速度で変化しています。
その奔流の中で、三社がこれからどの方向へ向かうのかは、2030年までの数年間の選択によって決定づけられます。

カルロス・ゴーン氏は、今日の三社連合を「かつて価値の源泉だった相乗効果を喪失した状態」と冷静に分析します。では、三社が現実的に辿り得る未来はどのような姿なのでしょうか。ここでは、現在の動向をもとに三つの可能性を描いてみます。

再統合が進む未来:新しい形での“復活”

まず考えられるのは、アライアンスが再び機能を取り戻し、EV時代に適応した“新しい連合”として復活する未来です。このシナリオでは、三社が再び互いの弱点を補完し合い、外部企業との協力も含めて、より柔軟な協調体制を構築していくことになります。

たとえば日産が外部企業の資本を受け入れ、EVプラットフォームや電池の開発を共同で行えるようになれば、莫大な投資負担を単独で抱える必要がなくなります。またルノーは、すでに始まっているジーリーとの協力関係をさらに深め、欧州だけでなくアジア圏にも事業を広げる可能性があります。三菱が東南アジア市場でEVの普及を主導し、その成果をアライアンスに還元する未来も考えられます。

こうした協力関係が再び太いラインでつながれば、車両の共通化や部品調達の効率化が進み、かつてのような強いスケールメリットが戻ってきます。ソフトウェアやOTAの基盤も共有され、三社全体としての競争力が高まる可能性があります。
これはゴーン氏が語る「協調のレシピ」が現代的な形で蘇る未来と言えるでしょう。

三社がバラバラに進む未来:事実上の解体

次に考えられるのは、三社が完全に独立した方向へ歩み出し、アライアンスが名ばかりとなってしまう未来です。この流れはすでに現れており、ルノーは欧州のEV専業メーカーとしての色合いを強め、日産は北米に経営資源を集中させています。三菱は東南アジア市場を中心とした独自の路線へシフトしつつあります。

こうした状況が続くと、三社の戦略はますます分断され、共同開発の比率は低下します。モデルごとの開発費が増加し、電池や電子プラットフォームの調達でも大きな規模のメリットが得られなくなります。その結果、三社は価格競争力を失い、中国メーカーの勢いに押されてシェアを落としていきます。

短期的には各社が自由に経営判断を行えるため“自立”しているように見えますが、長期的には投資力の不足が慢性的な問題となり、外部買収の対象になるリスクすら出てきます。この未来は、アライアンスの理念が薄れていくことで徐々に現実味を帯びるシナリオです。

外部企業が中心となる未来:アライアンスの“再編成”

もう一つの未来は、三社がいずれも自社の力だけで競争を続けることが難しくなり、中国や台湾の巨大企業が中心となってアライアンスが再編されていくというシナリオです。たとえば、ルノーとジーリーがさらに深く結びつき、欧州と中国をまたぐ新しい連合が形成される可能性があります。
日産はフォックスコンのEVプラットフォームに全面的に参加し、“製造は外部に委ねる企業”へと変貌する未来も想像できます。三菱がアジアの新興EV企業と手を組み、共同ブランドを生み出すような動きもあり得ます。

この未来像で特徴的なのは、主導権が必ずしも自動車メーカー側にないという点です。電池メーカーやソフトウェア企業、あるいは製造の請負企業が連合の核となり、自動車メーカーはネットワークの一部として機能するという、新しい産業構造を反映した姿です。
EV時代に求められる投資規模やスピードを考えると、このシナリオは決して非現実的ではありません。

2030年への結論:協調の再設計なしに未来は開けない

三つのシナリオを見比べると、結論は明らかです。
三社がバラバラに動き続ければ、開発費は増え続け、ブランド力は低下し、競争環境はますます厳しくなります。
逆に、協調の形を新時代に合わせて再設計できれば、三社はスケールを取り戻し、中国メーカーに対抗できる土台を築くことができます。

つまり、2030年までの5年間は、三社連合にとってかつてないほど重要な期間になります。
EV産業の本格的な競争が始まる中で、どのシナリオを自ら選び取るのか。その判断は、三社の未来だけでなく、世界の自動車産業全体の行方を左右するものになるでしょう。

百年に一度と言われる転換点

自動車産業は今、百年に一度と言われる転換点を迎えています。
日産、ルノー、三菱という三社連合もまた、その激流の中で次の一手を迫られています。かつてアライアンスが持っていたスケールとスピードは、部分的に失われつつありますが、それでも三社が積み上げてきた技術と経験は、なお大きな価値を持っています。

EV、ソフトウェア化、水平分業の波が本格化する2030年までの数年間は、三社連合の未来を決定づける重要な時期になるでしょう。協調をどのように再設計し、どの領域に集中し、どの市場で存在感を取り戻すか。その判断によって、三社の競争力は大きく変わります。

本記事では自動車産業の構造変化とアライアンスの現状に焦点を当てましたが、この物語の背景には、もう一つの視点があります。
それが、三社連合を世界最大級の企業連合へ押し上げた中心人物であり、同時に波乱の渦中に身を置くことになったカルロス・ゴーン氏の存在です。

彼の人生と現在地については、別の記事であらためて詳しく取り上げることにします。
自動車産業の未来を考える上で、彼の歩みと視点を理解することは、決して無関係ではないからです。

ゴーン氏が朝のテレビ番組のインタビューにリモートで生出演しているのを観たときには、思わず目を疑ってしまったよ。ゴーン氏は日本だけじゃなくて、フランス(ルノー)からも訴えられていて、国際指名手配されている身だ。そういう人が普通にテレビのインタビューに出て、損害を与えた会社に対して警笛を鳴らし、教訓を提言するって、どういう風に受け取ればいいんだろう?

数日前にプーチン大統領のテレビのインタビューを見て、発言の内容よりも(発言内容はいつもと同様に、ロシア様に歯向かうものは破滅する的な脅しだった)、時折ジョークを交えながら笑顔で語っている様子に強烈な違和感を覚えた時の感覚と似ている。報道や発言の自由はもちろん支持するけど、戦争の被害者たちはどういう気持ちで見ているんだろうと思ってしまうし、日産や三菱で職を失ったり、破産しないための救済法を必死で模索している、下請けを含む多くの人々にとっては、『再生への条件』とか偉そうに言われても、お前が言うな!となるよね。

後ろに映っている本棚に、日本語の『カルロス・ゴーン』という書籍や、他にも日本語の本がいくつか並んでいることもなんだか悔しいし哀しい。とは言え、ゴーン氏の場合は話を聞いているうちに、そういうこと全部を忘れてしまうほど、理路整然と一刀両断していく潔いほどの見解に、聞き入ってしまうんだよなあ。経営陣の数時間に渡る会見内容よりもこの人の数分のコメントのほうが頭にすっと入ってくるし納得できる。やっぱりこの人は生粋の経営者なんだろうな。

ゴーン氏の発言を聞いていると、今の日産やルノーを救えるのは、結局この人だけなのでは?という気になってくる。ありえない話だけどね。彼独自の天性と言ってもいい『経営の勘』によるものだろうけど、障害となるものとそれをどう排除すべきかが彼の目にははっきり見えていて、それがどんなものでも(歴史だったり人だったり)すっぱり排除できるところが成功の秘訣だったんだと思う。経営、もっと言えばお金以外のものはこの人の視界には映りこまないんじゃないかな。だからどんなに痛みを伴う改革であっても、この人にとっては無痛なんだと思う。

でもこの、痛みを感じるか感じないか、は経営者としては致命傷なのかもしれない。(後編に続く)
Parisrobot Talks

パリロボのひとりごと

画像出典:本記事内の画像は、生成AIを用いて制作したオリジナル画像であり、第三者の著作権を侵害するものではありません。

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