
パーキンソン病の治療における外科手術の精度と効率を飛躍的に高める人工知能(AI)
フランス南西部のペサックに拠点を置く医療テック系スタートアップ「RebrAIn(リブレイン)」は、神経外科手術、とりわけパーキンソン病患者に対する脳深部刺激療法(DBS)を支援する革新的な人工知能(AI)ソリューションを開発しています。
このソフトウェアは、脳の手術対象領域を高精度に特定することで、外科医がより迅速かつ正確に電極を配置できるようサポートします。RebrAInは、フランスの経済誌『Challenges』が選定した「2025年に投資すべきスタートアップ100社」にも名を連ねており、すでに欧州・米国の規制当局から承認を取得している注目の医療テック企業です。
パーキンソン病と手術の現実
パーキンソン病は、全世界で600万人以上が罹患している中枢神経系の進行性疾患で、症状としては手の震えや筋肉のこわばり、運動障害などが挙げられます。そのうち約10%の患者は薬物治療が効かない重症型で、彼らにとって「脳深部刺激療法(DBS)」が唯一の治療選択肢となります。
この手術は、脳の特定部位に細い電極を正確に挿入し、電気刺激を与えることで症状を緩和するというものです。しかしながら、非常に難易度の高い処置であることから、現場の神経外科医にとって大きな負担となっています。
手術は通常、患者が意識を保った状態で行われ、電極が脳の適切な位置に挿入されているかどうかを手術中に確認する必要があります。片側の脳で2時間近くかかるケースもあり、精神的・身体的に大きなストレスを伴います。
RebrAInのCEOであるダヴィッド・コマルタン氏は、この手術を「すべての脳神経外科医にとって悪夢」とまで表現しています。
脳神経外科の手術ナビゲーションAI
RebrAInが開発したのは、MRI画像をもとにAIが手術対象の脳部位を特定し、電極の最適な挿入位置を予測する支援ソフトウェアです。まるでカーナビアプリ「Waze」がドライバーに道を案内するように、神経外科医に対しても手術の「道筋」を示してくれることから、「脳外科手術のWaze」とも称されています。
*Wazeとは、ヨーロッパで人気のある地図アプリ・カーナビゲーションシステムです。(世界ランキングでも、1位がGoogle Map、2位がWaze、 3位がApple Mapsとなっています。)
このソフトウェアは、10年以上にわたる神経画像解析と臨床データの研究成果をベースに開発されており、これまでの手術データや症例と照合することで、個々の患者に対して高精度なナビゲーションを実現しています。従来のように、患者を覚醒させたまま脳を刺激し、電極の効果をその場で確認するといった、身体的・精神的に負担の大きいプロセスを削減することが可能となります。
このAIを使うことで、手術時間の短縮やコスト削減が可能になるだけでなく、手術精度の向上により、これまで手術が受けられなかった患者にも治療の機会を提供できると期待されています。
欧米当局も認めた技術力と安全性
RebrAInのAIナビゲーションソフトウェアは、すでに欧州においては医療機器としてのCEマークを取得しており、さらにアメリカのFDA(米国食品医薬品局)からも承認を受けています。これにより、規制上の障壁をクリアした形で、両市場における展開が可能となりました。
現時点で本ソフトウェアは、フランス・イタリア・スペインの約10の医療機関において臨床試験の一環として導入されており、2024年には3万ユーロの売上を記録しています。事業の商業化はすでにスタートしており、RebrAInは2025年末までに100万ユーロの受注を目指しています。
医療現場の課題に挑み続ける経営陣
2021年1月に創業されたRebrAInの経営を指揮するのは、Telecom ParisTechを卒業し、GE HealthcareやTheraclionで25年以上にわたって医療機器分野に携わってきたダヴィッド・コマルタン氏です。同氏は2023年よりCEOとして着任し、グローバル市場を見据えた経営強化を進めています。
共同創業者は、ボルドー大学病院の神経外科教授エマニュエル・キュニー氏と、国立情報学自動制御研究所(Inria)で数学博士号を取得したネジブ・ゼムゼミ博士です。両名はそれぞれ臨床現場とAI研究の専門家であり、異なる分野の知見を結集したユニークなチーム構成となっています。
RebrAInは現在19名のチームメンバーを擁し、ソフトウェア開発、臨床評価、事業戦略などを横断的に進める体制を構築しています。
将来的な応用領域とグローバル展開
同社の目標は、パーキンソン病治療にとどまらず、てんかん、重度うつ病、依存症といった他の神経・精神疾患に対する治療支援にも技術を展開していくことです。AIが脳の特定部位の活性をマッピングし、電気刺激によって症状を改善するという基本原理は、多くの疾患に共通しており、今後の応用可能性は非常に広いと見込まれています。
また、今後は欧州に加えてアメリカ市場への本格的な進出を計画しており、すでにFDA承認を活かした現地パートナーシップの構築や拠点整備を進めています。アメリカは神経外科分野において世界市場の約50%を占める巨大市場であり、RebrAInにとっては極めて重要な成長機会です。
今後の資金調達と展望
2024年3月にはシリーズAラウンドで370万ユーロを調達済みのRebrAInですが、さらなる成長を実現するため、今後800万ユーロの資金調達を目指しています。
- この資金は以下の用途に充てられる予定です:
- 米国市場への事業展開・拠点整備
- ソフトウェアの高度化と新機能追加
- 他疾患への技術応用研究
- 医療機関との臨床提携拡大
- 規制対応とデータセキュリティ強化
今後の展望と資金調達計画
医療AI分野における深い専門性と臨床現場の実用性を兼ね備えたRebrAInは、既存の手術手法の限界を打破し、神経外科領域に変革をもたらすポテンシャルを秘めています。今後の技術革新と市場展開の進捗に注目が集まります。
基本的な情報
- 企業名:RebrAIn(リブレイン)
- 設立:2021年1月
- 創業者:Emmanuel Cuny(神経外科医)、Nejib Zemzemi(数学博士・AI研究者)
- 所在地:フランス・ペサック(ボルドー近郊)
- 技術内容:AIを活用した脳深部刺激手術支援ソフトウェア(MRI+過去症例データで電極位置を予測)
- 主な用途:パーキンソン病患者に対する脳深部刺激療法(DBS)の精度向上と手術時間短縮
- 現在の状況:
- フランス、イタリア、スペインの10施設以上で臨床導入済み
- 売上:2024年実績 30,000ユーロ(約480万円)
- 従業員数:19名
- CEマークおよびFDA認証取得済みがん治療ワクチン(特に大腸がんの再発防止)
- 商業化の進行状況:サブスクリプション提供中、2025年末までに100万ユーロ(約1.6億円)の受注目標
- 目標資金調達額:800万ユーロ(約12.8億円)
- ターゲット顧客:大学病院・神経外科医・臨床研究機関
- 想定ユーザー:パーキンソン病の薬物抵抗性重症患者、および将来的にはてんかん、うつ病、依存症の患者
- 売上見通し:2025年末までに100万ユーロ(約1.6億円)の受注見込み
- その他:2024年3月にシリーズAで370万ユーロ(約5.9億円)調達済
