
動物を一切使わずに、乳タンパク質を生産する技術
乳製品は長年、私たちの食生活に欠かせない存在でした。しかしその裏では、大量の水資源や農地が必要となり、温室効果ガスの排出源としても知られています。そうした課題を根本から解決しようとしているのが、フランス・リヨン発のスタートアップ「Verley(ヴァーレイ)」です。
同社は、かつて「Bon Vivant(ボン・ヴィヴァン)」という名で知られていましたが、2024年に社名をVerleyに改め、動物を一切使わずに、乳タンパク質を生産する技術をもって急成長中です。フランスの経済誌『Challenges』による「2025年に投資すべきスタートアップ100社」にも選出されるなど、業界の注目を集めています。
精密発酵による「動物ゼロ」な乳タンパク質
Verleyが開発しているのは、「精密発酵(fermentation de précision)」と呼ばれる最先端のバイオテクノロジーを用いた乳タンパク質の製造技術です。これは、遺伝子操作によって特定の微生物に乳タンパク質を生成させる方法であり、動物を一切使わず、自然界の牛乳と同等、あるいはそれ以上の機能性を持つタンパク質を得ることができます。
この技術の核を担うのが、アグリテックの専門家であるエレーヌ・ブリアン氏(32歳)です。彼女は、フランス農業高等専門学校(ESA)を卒業後、ルリエ・グループやヴェオリア傘下のEntofoodに勤務し、農業と環境の分野で実践的な経験を積んできました。
一方、この構想の着想者であり共同創業者のステファン・マクミラン氏(35歳)は、ESCPビジネススクールを卒業後、フードデリバリー企業「foodora」や電動キックボード事業「Flash」の立ち上げに関わった経験を持ちます。「今度は、環境に強いインパクトを与える事業をやりたい」と考え、Verleyの創業に踏み切りました。
酪農の代替 – 環境負荷を劇的に削減
Verleyが掲げるビジョンは、「より持続可能で、地球に優しい乳製品の提供」です。現在、酪農業は世界の温室効果ガス排出量の約3.4%を占めており、温室効果ガスの大幅削減が求められています。
同社が開発した精密発酵技術により、以下のような効果が期待されています:
- 温室効果ガス排出量を72%削減
- 水使用量を81%削減
- 農地の使用をほぼゼロに
このように、Verleyの技術は単なる代替食品の枠を超え、サステナビリティの観点からも革新的です。
既存の乳製品と変わらない栄養価と機能性
Verleyの精密発酵タンパク質は、栄養価や味、そして機能性の面でも、従来の動物由来乳タンパク質と全く同じ、あるいはそれ以上の品質を実現しています。
特に同社では、10件以上の特許を欧州および米国で出願済みであり、タンパク質の精製や機能化における独自性が強みです。
共同創業者のマクミラン氏は、「栄養価や機能面で、動物性タンパク質との違いを見分けるのはほぼ不可能。しかも、我々のプロセスで得られる純度は、伝統的な酪農業では実現できないレベルです」と胸を張ります。
スポーツ栄養・ヴィーガン食・一般食品向けに応用
Verleyが生産する乳タンパク質は、以下のような多様な用途を想定しています:
- 一般消費者向けのヨーグルトやアイスクリームなどの乳製品代替食品
- スポーツ栄養食やプロテインパウダーへの活用
- ヴィーガン向け食品の栄養補強
中でも、同社は現在、以下のようなユニークな機能性を持つ3種類のタンパク質を開発中です:
- 熱安定性に優れたタンパク質(加熱調理に適する)
- ゲル化性を持つタンパク質(ヨーグルトやプリンなどに使用可能)
- 汎用性の高いタンパク質(幅広い用途に対応)
これらのタンパク質の発売は2026年にアメリカ市場からスタートし、同年中には数百万ユーロ規模の売上が見込まれています。
欧州では2027年の上市を目指して規制申請へ
欧州市場での本格展開に向け、Verleyは近く欧州食品安全機関(EFSA)への申請を行う予定です。承認が下りれば、2027年にもヨーロッパ市場での商業販売が可能となる見込みです。
現在、Verleyはすでに4つの食品メーカーとの契約交渉を進めており、商業化の準備が着々と進んでいます。こうした成長に備え、同社はこれまでに累計2,300万ユーロ(約37億円)の資金を調達してきました。
主要な出資者には、以下のベンチャーキャピタルが名を連ねています:
- Sofinnova Partners(ソフィノヴァ・パートナーズ)
- Sparkfood
- Captech Santé
また、フランス国立科学研究センター(CNRS)やフランス公共投資銀行(Bpifrance)からも支援を受けており、研究開発の信頼性と深さは折り紙付きです。
次なる成長に向け、2,000万ユーロの資金調達を計画
Verleyは現在、さらなる成長に向けて2,000万ユーロ(約32億円)の追加資金調達を計画しています。この資金は、以下の用途に充てられる予定です:
- アメリカ市場での製品発売と流通網の整備
- 欧州での規制対応および製造体制の強化
- 競合企業(米国のPerfect Day、イスラエルのImagindairyなど)に対抗するための技術革新
「牛なしでミルクを作る」- 食の革命が始まっている
かつては夢物語のように語られていた「動物を使わない乳製品」が、今、現実のビジネスとして急成長を遂げています。Verleyの取り組みは、私たちの食生活の常識を根底から覆し、持続可能でクリーンな食の未来を形作ろうとするものです。
人と地球、そして未来の食卓のために──Verleyの挑戦は、まだ始まったばかりです。
