
男性のための避妊用ボクサーパンツを開発
避妊の選択肢は女性に偏っている ー そんな現状に一石を投じようとしているスタートアップが、フランスで誕生しました。2024年11月創業の「37 degrés(トラント・セット・ドゥグレ)」は、男性が着用することで精子の生成を一時的に抑制するボクサーパンツ型の避妊具を開発しています。
この新しい発想のプロダクトは、フランスの経済誌『Challenges』が選ぶ「2025年に投資すべきスタートアップ100社」にも選出されました。従来のホルモンに依存しない、非侵襲的な男性避妊の選択肢として、医療関係者や投資家の注目を集めています。
発想の原点は「避妊者たち − 最後のタブーを探る調査」という一冊の漫画から
このプロジェクトが始まったきっかけは、共同創業者であるマチュー・ジルカン氏がクリスマスに贈られた一冊の漫画『Les contraceptés(避妊者たち)』でした。この本を読んだことで、彼はある疑問に向き合うことになります。「なぜ男性は、自ら避妊についてもっと積極的に責任を持たないのか」という問いです。
マチュー氏は、フランスのエリート理工系大学「エコール・サントラル・シュプレック」と、ビジネススクールの名門「ESSECビジネススクール」を卒業した後、コンサルティング会社マッキンゼーに勤務した経歴を持つ34歳の若き起業家です。彼は多くの女性がピルなどのホルモン避妊法に不満を感じている現状を知り、男性側にも選択肢を提供できる仕組みの必要性を痛感しました。
「1990年代から、男性の避妊についてはジェンダーステレオタイプに反対する団体によって注目されてきましたが、合法的に販売されている製品は今のところ存在しないのが現状です」と、マチュー氏は語っています。
女性クリエイターとの出会いから誕生したプロジェクト
構想をさらに発展させるきっかけとなったのは、男性向け避妊技術の革新を目的とした協同組合型インキュベーター「Entrelac(アントルラック)」に参加したことでした。ここで彼は、もう一人の共同創業者であるガエル・ブルクレ氏と出会います。ブルクレ氏は現在31歳で、ブリュッセルの美術学校とパリのENSCI=レ・アトリエを卒業した工業デザイナーです。
彼女は以前より、睾丸を体内側に持ち上げて体温を上げ、精子の生成を一時的に停止させるというメカニズムを活かした「避妊用ボクサーパンツ」の研究を進めていました。この技術は、体温がわずかに上昇するだけで精子の生成が抑制されるという男性生殖の仕組みに着目したものです。
そのアイデアとマチュー氏のビジネス視点が融合したことで、「37 degrés」は2024年11月に正式に設立されました。
「37度」という社名は、体温に関係する技術の中核を象徴しています。精子の形成には通常の体温よりやや低い温度が必要であるという生理学的原理に基づき、下着の構造を工夫することで避妊効果を得ることができるのです。(フランス人の平熱は日本人より約1度高く、37度より少し高い程度です)
着用するだけで避妊効果?アートとサイエンスが融合した発想
マチュー氏は、男性避妊を専門とするイノベーション・インキュベーター「Entrelac(アントルラック)」に参加し、ここで共創者となるガエル・ビュルクレ氏(31歳)と出会います。
ビュルクレ氏は、ブリュッセル美術大学とENSCI-Les Ateliers(パリ国立工業デザイン高等学校)を卒業したインダストリアル・デザイナーであり、「睾丸を体内方向に軽く持ち上げる構造のボクサーパンツ」によって精子の生成を抑えるという研究プロジェクトを進めていました。
この構造は、医学的に知られている「睾丸が高温環境にあると精子が作られにくくなる」という原理に基づいています。通常、精子は約34〜35度で最も活発に作られますが、体温(約37度)に近づくと、その活動が鈍化することが知られています。つまり、特定の構造で睾丸を体内に引き上げることで、避妊効果が得られるという仕組みです。
こうして、科学とデザインが出会い、2024年11月にスタートアップ「37 degrés」が誕生しました。社名はまさにこの「37度」の温度に由来しています。
医療機関との連携と科学的裏付け
37 degrésは、リール大学病院の男性不妊専門医をはじめとする科学諮問委員会の支援を受けています。さらに、バイオ・医療分野に特化したリールのインキュベーター「Eurasanté(ユーロサンテ)」がパートナーとなり、スタートアップ育成の面でも厚い支援を受けています。
2024年には第一号の特許を出願済みで、2025年には新たな特許申請も計画しています。開発はまだ初期段階ではありますが、フランス政府系金融機関であるBpifrance(仏公共投資銀行)から、2025年2月にフレンチテック助成金3万ユーロ(約480万円)を受給しています。
今後はさらなる資金調達を目指しており、主にプレクリニカルおよび臨床試験の実施を目的としています。製品の販売開始は2028年を予定しており、それまでに製品の信頼性、安全性、使用感の向上を図る方針です。
市場展開と収益目標
販売開始後の事業目標としては、3年間で75000人の顧客に向けて、薬局などで「3枚セット」のボクサーパンツを販売し、800万ユーロ(約12億8000万円)の売上を見込んでいます。
これは単なる下着ではなく、薬剤を使わずに、ホルモンにも依存しない、体温を利用した自然な避妊手段として、多くの人に受け入れられる可能性があります。
避妊の常識を変える新たな一歩
避妊において、長年にわたり女性だけが大きな負担を背負ってきたという事実は、現代のジェンダー平等の観点からも見直しが必要です。37 degrésのプロジェクトは、単に新しい商品を開発することにとどまらず、避妊という分野そのものに対する意識を変えるきっかけになると期待されています。
この「避妊ボクサーパンツ」が普及すれば、男女ともによりバランスの取れた避妊選択が可能となり、将来的にはカップルのあり方にも新たな変化をもたらすことでしょう。
現在、同社が必要としているのは、臨床試験フェーズに入るための資金55万ユーロ(約8800万円)です。これにより、以下の取り組みを加速する計画です。
- 精密設計と素材開発を終えたボクサーパンツの量産化
- 動物モデルを用いた安全性試験
- 倫理委員会の承認取得
- 臨床試験の実施と長期データの取得
この避妊パンツは、ホルモン剤に頼らず、リバーシブル(可逆的)で、かつ侵襲性が低いという特徴を持つことから、「次世代の避妊具」として、世界的にも高い注目を集める可能性を秘めています。
基本情報
目標資金調達額:55万ユーロ(約8800万円)
商業化開始予定:2028年
ターゲット顧客:75,000人(3年間で)
想定ユーザー:
- 20~40代の男性
- 避妊について男女で協力したいカップル
対象市場:フランスを起点にヨーロッパ全体、将来的にはグローバル市場
売上見通し:3年間で800万ユーロ(約12億8000万円)
使用技術:
- 睾丸の位置を調整し、体温を上昇させる構造により精子の生成を一時停止
- ホルモン剤や外科的処置を必要としない非侵襲的な方法
現状:
- 2024年に1件目の特許出願完了、2025年に追加申請予定
- 科学的サポート:リール大学病院、Eurasantéなどと連携
- Bpifranceから3万ユーロの助成金を受給済み