
洋上風力発電における海中騒音が海洋生態系に及ぼす深刻な悪影響
洋上風力発電の拡大は、再生可能エネルギーの普及と脱炭素社会の実現に向けて不可欠な動きです。しかしその裏で、建設工事に伴う海中騒音が海洋生態系に深刻な悪影響を及ぼしていることは、あまり知られていません。こうした課題に正面から取り組むのが、Greenov(グリーノブ)という名のフランス発スタートアップです。
Naval Group(フランス国防産業グループ)出身のエンジニア、ダミアン・デムール氏が開発した騒音低減装置は、海中での作業によって発生する音を大幅に抑制する特許技術です。この取り組みにより、Greenovはフランス経済誌『Challenges』が選出した「2025年に投資すべきスタートアップ100社」のひとつに選ばれました。
2050年に向け、35倍の洋上風力拡張が見込まれる中で
「ヨーロッパは2050年までに、現在の35倍にあたる洋上風力の設備容量を導入する必要があります」と語るのは、Greenov創業者であり現在49歳のダミアン・デムール氏です。パリ鉱山大学(Mines Paris)とEMBA Audenciaの両校で学び、海洋分野の最前線でキャリアを築いてきた人物です。
しかし、洋上風力タービンの大型化に伴い、海底に杭を打ち込むために使われる油圧式ハンマーが、これまで以上に大きな騒音を海中に発生させているという問題が浮上しています。特に欧州連合(EU)は、こうした水中騒音の抑制を義務づける規制を強化しており、早急な技術的対応が求められているのです。
水中に広がる「音のバリア」- SubSea Quieterの登場
こうした背景から誕生したのが、Greenovが開発した「SubSea Quieter(サブシー・クワイエター)」です。これは、作業中の杭(パイル)をすっぽりと包み込む長さ50メートルの巨大な“ソックス”のような装置で、特殊な技術繊維で作られています。
この装置の内部には、ごく薄い空気の層が注入されており、この空気の層が音波の伝播を遮断するバリアとなって、周囲の海中に騒音が広がるのを防ぎます。
この技術は、ダミアン・デムール氏がNaval Groupでイノベーション部門に在籍していた際に、同僚とともに研究していたものです。当時、潜水艦や軍艦の音響的ステルス技術の応用可能性に着目し、それを民間の海洋インフラ建設へ転用しようとしたのです。
しかし残念ながら、Naval Groupの経営判断により、この研究プロジェクトは打ち切りとなってしまいました。そこでデムール氏は、自ら特許を買い取り、2021年初頭にGreenovをフランス・ヴァンヌ市にて創業する決断を下したのです。
市場価格の半額以下で、最大99.9%の騒音低減を実現
Greenovが提供する「SubSea Quieter」は、従来の市場で用いられている同様の騒音対策装置と比較して、価格は2分の1から5分の1程度に抑えられています。具体的には、風力発電所1カ所あたり50~80基のタービン設置におけるレンタル価格が500万〜600万ユーロで、事前の適合性調査や施工中の技術支援も含まれます。
それでいて、騒音の低減効果は94%から99.9%と極めて高く、コストパフォーマンスに優れたソリューションとして注目を集めています。
ノルウェーやフランスのエネルギー大手が次々と支援
2024年、Greenovはフランス西部のサン・ナゼール沖にて、実際の海洋環境でのプロトタイプ実験を実施しました。この成果を受けて、ノルウェーのエネルギー大手Equinor(エクイノール)、フランスのEDF Renouvelables(EDF再生可能エネルギー部門)、そしてTotalEnergies(トタルエナジーズ)が、Greenovと産業パートナーシップを締結しました。
この提携により、各社が将来建設予定の洋上風力発電所(2026年以降)において、Greenovの騒音対策膜を活用することが見込まれています。
港湾工事向けの遮音カーテン「Blueshield」も開発中
Greenovは洋上風力にとどまらず、港湾工事向けの騒音対策ソリューションも開発しています。それが、「Blueshield(ブルーシールド)」と呼ばれる遮音カーテンです。このカーテンは、港湾で行われる杭打ち作業や水中掘削作業における騒音を閉じ込める役割を果たします。
このBlueshieldは、まもなくカナダ・ケベック州のトロワリヴィエール港にて実証実験が開始される予定です。また、Greenovは現在、台湾やブラジルとも技術導入に関する協議を進めています。
売上はすでに150万ユーロ、今後の本格展開に向け資金調達へ
Greenovは、2024年時点ですでに150万ユーロ(約2.4億円)規模の売上を計上しています。その主な収益源は、騒音対策に関する調査・研究サービスの販売です。
創業初期には、**Centrale-Audencia-Ensa(エンジニア・ビジネス・建築の三大学連携によるインキュベーター)**の支援を受け、Solar Impulse財団の環境技術認定をはじめとする複数の賞を受賞。さらに、**欧州イノベーション委員会(EIC)**から名誉ある助成金も受け取り、技術力の高さと社会的インパクトが広く評価されています。
現在の従業員数はおよそ15人ですが、今後の本格的な商業化に向けて、1,000万ユーロ(約16億円)の資金調達を計画しています。このうち、
- 800万ユーロは製品の実証実験と技術完成
- 200万ユーロは商業戦略の推進と人材拡充
に充てる予定です。
2027年には売上700万ユーロを目指す
Greenovは、2027年を本格的な商業展開の始動年と位置づけており、この年には売上700万ユーロ(約11億円)を達成することを目標としています。世界的に洋上風力発電が急成長するなか、騒音対策のニーズも飛躍的に高まっていくと予想されており、Greenovのビジネスモデルはその潮流にしっかりと合致しています。
Greentech & Impact部門の審査員特別賞を受賞
Greenovはその革新性と社会的意義の高さから、『Challenges』誌主催のスタートアップ選考において、Greentech & Impact部門の審査員特別賞(coup de cœur)を獲得しました。そして、2025年3月26日にパリ証券取引所(パレ・ブロンニャール)で開催されたパトリック・フォーコニエ賞のピッチコンテストにも登壇し、投資家や業界関係者から高い関心を集めました。
静かな海を守る技術が、再エネの未来を支える
Greenovが提供するのは、単なる装置ではありません。海洋生態系の持続可能性と再生可能エネルギーの拡大という、二つの重要課題の橋渡しをする、次世代のインフラ技術なのです。
海に静けさを取り戻すことで、風を利用する再生可能エネルギーの真の持続可能性が実現します。Greenovの挑戦は、今後さらに多くの国や海へと広がっていくことでしょう。
