
建物内の空気を見える化し、エネルギー消費も削減する次世代ソリューション
都市化が進む現代において、人々が一日の大半を過ごす「建物の中」の空気の質は、私たちの健康や生産性に深く関わっています。しかし、室内空気の状態を正確に把握し、エネルギー効率を最大限に高めることは、これまで非常に難しい課題でした。
そんな課題に挑むのが、スタートアップIstya(イスティア)です。創業者のケイラニー・ハシン氏(34歳)は、モジュール式の空気環境センサーと人工知能(AI)を組み合わせた画期的なシステムを開発し、建物の空気質をリアルタイムで監視・最適化することを可能にしました。
この技術は、パリ西部の防衛地区やオリンピック選手村、EDF(フランス電力公社)などの大手顧客に導入されており、今後の市場拡大にも大きな期待が寄せられています。
Istyaは、経済誌『Challenges』が選出した「2025年に投資すべきスタートアップ100社」の1社として注目を集めています。
Greenpeaceやアムネスティで技術開発に従事した経験を活かして起業
エンジニアとしての道を歩み始めたケイラニー・ハシン氏は、フランス国立工芸高等学校(École nationale supérieure des Arts et Métiers)を卒業後、Greenpeaceやアムネスティ・インターナショナル・フランスといった国際NGOで、環境監視や社会的課題に関連する技術開発に携わってきました。
その後、自身の知見を社会的・環境的インパクトのある形で活かしたいという思いから、2021年に起業。スタートアップIstyaを立ち上げ、建物の空気環境とエネルギー管理を革新するテクノロジーの開発に取り組んできました。
CO₂、PM2.5、揮発性有機化合物まで – 高精度センサーとAIで空気を完全管理
Istyaの中核を成すのは、特許取得済みのモジュール式センサーと、建物全体の空調設備をリアルタイムで制御する独自開発の人工知能(AI)システムです。
このセンサーは、以下のような室内環境要素を常時監視しています:
- 二酸化炭素(CO₂)濃度
- 微小粒子状物質(PM2.5など)
- 揮発性有機化合物(VOC)
これらのデータをAIが即時に分析し、建物内の換気、暖房、冷房の運転を最適化します。実際のシミュレーションでは、97%の精度で将来的な空気の質を予測し、適切なタイミングで空調を自動制御できることが示されています。
このような制御によって、最大で40%のエネルギー消費削減を実現することが可能です。エネルギーコストの高騰が続く今、企業や自治体にとっては非常に魅力的な導入メリットとなります。
明確な価格モデルで企業導入が加速
Istyaのシステムは、Île-de-France(イル=ド=フランス)地域で製造されており、導入コストも明確に設定されています。
- 1台のセンサーあたり:295ユーロ(約4万8000円)
- 月額サブスクリプション:75ユーロ(約1万2000円)から(面積に応じて変動)
たとえば、延床面積が5,000平方メートルのビルの場合、必要なセンサーは約100台、導入費用は29,000ユーロ(約470万円)。加えて年間サブスクリプション料金は15,000ユーロ(約240万円)程度となります。
このように、投資対効果が明確に示されている点も、多くの企業や自治体からの信頼を集める要因となっています。
EDF、パリ首都圏自治体、パリ五輪選手村などが導入
Istyaの技術はすでに、複数の大規模施設での導入実績があります。
- EDF(フランス電力)
- メトロポール・デュ・グラン・パリ(パリ大都市圏自治体連合)
- 2024年パリオリンピックの選手村
また、同社はUM6P(モロッコのモハメッド6世工科大学)のアクセラレーター「U-Founders」や、フランスのインキュベーター「Escalator」の支援を受けており、スタートアップ支援エコシステムの中でも高く評価されています。
これまでに受賞した賞には以下のようなものがあります:
- Pépite賞(若手起業家支援賞)
- パリ・ウエスト・ラ・デファンス・イノベーション賞
2024年に7万ユーロを売り上げ、年内には35万ユーロへ
Istyaは2024年上半期の時点で、すでに7万ユーロ(約1100万円)の売上を記録しています。そして年末までには、35万ユーロ(約5600万円)の達成を見込んでいます。
この急成長をさらに加速させるため、ケイラニー・ハシン氏は現在、50万ユーロ(約8000万円)の資金調達を目指しています。調達資金は、特に以下の領域に充てられる予定です:
- 欧州市場およびモロッコ市場への営業展開強化
- 営業・マーケティングチームの拡充
- システムのさらなる拡張・多様化対応
健康・環境・エネルギー効率 – 三拍子そろった次世代スマートビル技術
Istyaが提供するのは、単なるセンサーやAIではありません。健康的な室内環境をつくり、エネルギー消費を減らし、持続可能な都市を支えるためのプラットフォームです。
空気質の見える化は、人々の体調管理や集中力の向上にも寄与し、オフィス、学校、病院、商業施設など、あらゆる建物に応用可能です。
グリーンビルディングの基準や、ESG経営の推進が重視される今、Istyaの技術はまさに時代の要請に応えるソリューションだといえるでしょう。
空気の「見えないリスク」に光を当てる
パンデミック以降、人々の間で「空気の安全性」への関心がかつてないほど高まりました。Istyaは、この見えにくい問題にテクノロジーの力で正面から向き合い、科学的な管理を可能にすることで、社会的にも極めて大きなインパクトを与えています。
今後、欧州や北アフリカ諸国を中心に、さらなる成長が期待されるIstya。その挑戦は、私たちの暮らす「空間」そのものをより健やかに、そしてスマートに変えていく力を秘めています。
