
脳血管の透過性を高めるマイクロロボット超音波デバイスを開発
TheraSonic(セラソニック)は、これまで治療が極めて困難だった脳腫瘍に対して、新たな治療の道を切り拓こうとしています。このスタートアップ企業は、独自に開発した医療ロボットを用いて、超音波による非侵襲的な治療法を提供しています。脳腫瘍の治療において、薬剤が脳内に十分に到達しないという課題が長らく存在していましたが、TheraSonicの技術はこれを解決しうる画期的なソリューションです。
この先進的な取り組みが評価され、TheraSonicはフランスの経済誌『Challenges』による「2025年に投資すべき100のスタートアップ」の一社として選出されています。
人間の脳の防御システムは「強すぎる」 – それが治療の壁に
「人間の脳は非常によくできていますが、内部からの攻撃に対しては無防備です」と語るのは、TheraSonicの代表であり共同創業者でもあるブノワ・ララ氏(Benoit Larrat)です。彼は、CEA(フランス原子力・代替エネルギー庁)のパリ・サクレー拠点で物理学者として勤務していた経験を持ち、2023年にTheraSonicを設立しました。
脳は非常に繊細な臓器であり、その血管は「血液脳関門(BBB)」と呼ばれる保護機構により、ほとんどの薬剤の侵入を阻止しています。実に98%以上の薬剤が脳内の病変に届かないとされています。このため、脳腫瘍に対する効果的な薬物療法は、技術的に困難であると長らく考えられてきました。
ブノワ氏は、この問題を解決するため、2010年から研究を開始しました。そして2018年には、CNRS(フランス国立科学研究センター)の研究者であるアンソニー・ノヴェル氏(Anthony Novell)がチームに加わり、二人でTheraSonicを設立しました。
画期的な医療ロボットの仕組み
TheraSonicの主力製品は、移動可能な医療ロボットであり、超音波を使って脳の血管の一時的な透過性を高めることができます。これにより、これまで到達できなかった薬剤を腫瘍部位へと届けることが可能になります。
このロボットは、高精度でありながら使いやすく、自律性も高いことが特徴です。臨床的には、数分間の照射で複数の転移病変を対象に治療を施すことが可能であり、従来の外科的手術を回避する選択肢として期待されています。また、薬剤の脳内への到達効率は、従来と比べて最大15倍にまで向上することが確認されています。
TheraSonicは、すでに3件の特許を取得しており、CEAのインキュベーションを経て、現在はパリ15区に自社施設を構えています。その技術的な優位性は高く評価され、フランスの革新的技術コンテスト「i-Lab」においてグランプリを受賞しました。
現在の進捗と将来の展望
TheraSonicは現在、2028年からの初期収益化を目指し、がん治療センターや大学病院などでの臨床研究に向けたロボットの初回販売を予定しています。そのための資金として、500万ユーロ(約8億円)の資金調達を実施中です。このうち一部はすでに、Bpifrance(フランスの公共投資銀行)およびヘルスケアスタートアップ支援スタジオM2careから確保されています。
また、TheraSonicは2024年にもすでに100万ユーロの資金を、M2careと、欧州最大のがんセンターであるGustave Roussyの商業部門「Gustave Roussy Transfert」から調達しています。
このロボットのCEマーク(欧州における医療機器の販売許可)は、2030年から2031年頃を目指しており、それにより2031年には300万ユーロ(約4.8億円)の売上、2034年には2000万ユーロ(約32億円)という大幅な売上成長を見込んでいます。この収益は主に、保険償還制度を活用した医療行為の提供によってもたらされる予定です。
この見通しは、ロボットの導入が手術に代わる安全で効率的な治療法として社会的に受け入れられるという前提に基づいており、すでに医療界や保険当局との協議も進められています。
今後の展望:がんだけでなく神経疾患もターゲットに
TheraSonicの技術は、がん治療にとどまらず、将来的にはアルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患の治療にも応用される見込みです。
これらの疾患に苦しむ人は、全世界で5,000万人以上と推定されており、今後の高齢化の進展によりさらなる増加が予想されています。
TheraSonicは、こうした社会課題に対して、非侵襲かつ効果的なソリューションを提供することで、患者とその家族のQOL(生活の質)を大きく向上させることを目指しています。
基本的な情報
- 企業名:TheraSonic(セラソニック)
- 設立:2023年
- 創業者:Benoit Larrat(元CEA物理学者)、Anthony Novell(CNRS研究者)
- 所在地:フランス・パリ15区
- 技術内容:脳血管の一時的な透過性を高める超音波ロボットを開発。薬剤の脳内到達率を15倍に向上させる
- 主な用途:脳腫瘍の非侵襲的治療、将来的には神経変性疾患にも応用予定
- 現在の状況:3件の特許を取得済。パリに自社施設を構え、i-Labでグランプリ受賞
- 目標資金調達額:500万ユーロ(約8億円)
- 調達済み資金:2024年に100万ユーロ(約1.6億円)を調達済、さらに一部はBpifrance等から確保済
- ターゲット顧客:がん治療専門病院、大学病院、神経疾患治療機関
- 想定ユーザー:脳腫瘍患者、神経疾患患者
- 対象市場:医療機関(特に神経科・腫瘍科)、グローバル市場に対応可能
- 売上見通し:
- 2031年:300万ユーロ(約4.8億円)
- 2034年:2000万ユーロ(約32億円)
