
1967年から稼働しているニースのパスツール病院の高圧医療用カプセル
高気圧カプセルの中での治療
フランス国内には現在も20台ほどの高気圧酸素治療用の装置が稼働しており、主にダイビング事故の後や、傷の治癒を促進する目的で利用されています。
特にマルセイユの病院群では、年間1万件もの治療セッションが行われており、その重要性が増しています。
潜水艦のような治療室
AIが医療現場に進出し、医療機器の小型化が進む現代においても、重厚な高気圧カプセルの中での治療は、依然として多くの患者に必要とされています。仕組みは、加圧によって体内に取り込まれる酸素の量を増やし、純粋な酸素をマスクで供給するというもの。これにより血中酸素濃度が高まり、体の治癒を助ける効果があります。
この技術は、1960年代に登場し、テレビドラマ『ヒポクラテス』などで広まりました。ダイビング事故や一酸化炭素中毒のほか、慢性的な病気や重度の感染症の治療にも活用されています。
マルセイユ市内の3つの公立病院では、こうした高気圧治療用カプセルが整備されており、夜間の緊急対応を含め、年間約1万回のセッションが行われています。
若者にも必要な治療
3月6日の午前中、21歳のエンゾさんは、事故後44回目の治療を終えたばかりでした。5か月前のスクーター事故で足の骨を折り、手術によって挿入された金属に感染症が発生。治癒を早めるため、計50回の高気圧酸素治療が処方されました。「傷を早く治すためには酸素が必要です」とクランジュ医師は説明します。
緊急の場合、1回の治療が最大7時間にも及びますが、慢性的な症状では1回1時間半ほどで、毎日繰り返し行う必要があります。エンゾさんは、「最初は暇つぶしに苦労しましたが、読書やクロスワードパズルを始めて、本が好きになりました」と語ります。同じく治療を受けていたヒアニトラさんも、「1時間半も静かに過ごすと、本を一気に読めます」と笑顔を見せました。
1回の治療には約300ユーロの費用がかかりますが、その大部分は健康保険と補完保険でまかなわれています。
光と安心を届ける空間
午後になると、新たに4人の患者が治療室に向かいます。「青い光をご希望ですか?」と看護師が尋ねると、ある高齢男性がすぐに「はい」と返答。青いネオンはリラックス効果があるとされ、患者に好まれています。
クランジュ医師によれば、「長い廊下の奥からこのカプセルを見るだけで怖がる患者もいますが、しっかりと説明することで安心してもらえます。特に、私たちの巨大なコントロールパネルを見ると落ち着くようです」とのこと。
患者は常にカメラで監視され、圧力の上昇過程は複数のモニターで確認されます。15分ほどで水深15メートル相当の圧力に達し、そこから酸素マスクを通して純酸素が供給され、治療が始まります。約1時間後には、また15分かけてゆっくり減圧しながら外に出ます。
トラブルへの備えと安全対策
「緊急というのは、何も起きないかと思えば、突然何かが起こるものです」と、担当看護師のヴァンサンさんは語ります。治療チームは5年ごとに再訓練を受ける必要があり、特に懸念されるのが痙攣の発作です。実際に年に1~2回、発作が発生することがあり、その際は冷静に酸素供給を中止し、患者を落ち着かせる必要があります。
ただし、最大のリスクは火災です。「酸素と火は相性が悪く、非常に危険です」と語るのは、訓練中の看護師フレッドさん。アメリカでは、5歳の少年が高気圧室での火災により命を落とした事故がありました。そのため、マルセイユでは電子機器や発火性のある衣服などの持ち込みが厳禁となっています。
認知度の低さと今後の可能性
クランジュ医師は、自身の専門が世間的にあまり知られていないことを残念に思いつつ、医学界の一部から軽視されることに憤りを感じています。「『私はこの治療を信じない』などという医師もいますが、もはや医学において“信じる・信じない”という考え方は通用しません。高気圧治療は効果が証明されているのです」と語気を強めます。
現在では、血中酸素を供給する新たな分子を開発する研究も進んでおり、今後この分野も大きく進化する可能性があります。しかし、現時点では依然として高気圧カプセルが重要な役割を果たしており、「患者に無理やり入ってもらうことは決してありませんが、まだまだこの治療には未来があります」と、クランジュ医師は締めくくりました。
