
自動車の概念そのものを変える可能性
近年、自動車業界は「危機」に直面していると報じられることが増えています。多くの国でインフレの影響により消費者が購入を控え、生産台数の制限を余儀なくされる状況が続いています。しかし、業界はこの困難な時期をただ耐え忍ぶだけでなく、積極的に新たな技術の開発に取り組んでいます。
実際、自動車メーカー各社は、電動化、自動運転、コネクテッドカー、シェアリングといった「CASE」と呼ばれる分野での技術革新を進めており、これらの技術は自動車の概念そのものを変える可能性を秘めています。
以下では、「走るしくみ」を一変させる10の大きなイノベーションをご紹介します。
1. リモート操作で走る「テレドライバー」車両
完全自動運転の前段階として、人間が遠隔で運転する「テレドライバー」方式が登場しています。ドイツのスタートアップ Vay は昨年ラスベガスで実証実験を実施。EV「Kia Niro」の車群をオンライン配車サービスのように動かし、顧客の指定した場所へ自動で向かわせるものの、実際の運転はオフィス内の遠隔オペレーターがハンドルを握って行います。
オペレーターは車載カメラ映像に加え、AR(拡張現実)で強調表示されたナビや危険検知情報を見ながら、ウインカーやブレーキも遠隔操作。目的地に到着すると顧客が運転席に乗り込んで実際に運転し、降車後は再びテレドライバーに操作を引き渡し、次の走行へとつなぎます。
Vay によれば、従来の配車サービスの半額ほどのコストで提供可能。社用車レンタルやカーシェアリングへの展開、ペルソナライズド・ラストマイル配送サービスも検討中で、プジョーと提携しシェアサービス「Free2Move」への組み込み実験も進められています。
2. フロントガラスが大型ディスプレイに
テスラ車などでおなじみのタブレット風センターディスプレイは、今後「ヘッドアップディスプレイ(HUD)」化し、フロントガラス下部に情報を投影するスタイルへ移行します。乗員全員が速度・距離・温度などのウィジェットを簡易に確認できるほか、ドライバーにはAR HUDが展開。視線をほとんど動かさずにナビゲーション矢印や危険検知ハイライトが、走行中の視界に直接重ねて表示されます。
この技術はトゥールーズのスタートアップ EyeLights が開発し、BMW の2026年以降の新型EV「Neue Klasse」で採用決定。さらに、ハイデルベルクの光学大手ツァイスとヒュンダイもホログラフィー方式HUDを共同開発中で、薄さ数マイクロメートルの透過フィルムにプロジェクター映像を浮かび上がらせる仕組みです。
3. 飛行機のように車を操る「ステアバイワイヤ」
ステア・バイ・ワイヤ(電気ケーブル式操舵システム)により、自動車業界は長く航空機専用だった技術を取り入れようとしています。
「これは従来の電機機械式や油圧式の操作を、すべて電気制御に置き換える試みです」と、ドイツZF社のステア・バイ・ワイヤ担当副社長ステファン・カッサー氏は説明します。この革新がドライビング体験を一変させる理由は明快です。
まず、ハンドルと車輪をつなぐ機械的な“ドライブシャフト”が不要になります。代わりに、角度センサー付きのアクチュエーターがハンドルに取り付けられ、ドライバーの回転操作を電気信号に変換。それをワイヤで各ホイールのラック&ピニオン式モーターに送り、車輪を思い通りの角度に向ける仕組みです。制御はすべてソフトウェアで行われます。
メリット①:超高精度なハンドリング
かつて3~4回転必要だった小回り操作が、ステア・バイ・ワイヤならわずか1.5回転に短縮。
メリット②:レイアウトの自由度向上
機械部品が減ることでコラムシャフトが不要となり、ダッシュボードやステアリングホイールのデザインに新たな可能性が広がります。
このZF製四輪ステア・バイ・ワイヤは、中国の高級SUV「Nio ET9」で今年初めて量産車に採用されました。これはまだ始まりにすぎません。
4. ゲームコントローラのような次世代ハンドル
プジョーは、この「ハイパースクエア」ステアリングを、自社の象徴的ハイテクコックピット「i-Cockpit」の新世代とともに、2026年末に導入すると約束しています。
しかし、ユーザーはこの「ハイパースクエア」を受け入れる準備ができているでしょうか?
コンセプトEV「Inception」でお披露目されたこの“第3のタイプ”ステアリングは、まさに旧来のドライバーを戸惑わせるデザインです。
長方形のフォルムは、プジョーがゲーム業界から着想を得たもので、中央には車両情報を表示するスクリーンが備わっています。
エアコンや運転支援機能などを示すピクトグラムは左右に並び、スマートフォンのように親指のワンタップで操作可能です。
このような遊び心あふれるギミックは、機械式ステアリングを電気制御式「バイワイヤ」システムに置き換えたからこそ実現できたものです。
プジョーは、2026年末にこの新世代「i-Cockpit」と「ハイパースクエア」を同時に提供すると約束しています。
5. 5分で400km走行分を充電する超急速バッテリー
電気自動車購入の大きなハードルである「充電の手間」も、まもなく昔話になるかもしれません。昨年3月、中国のBYDが発表した2つの新モデルは、これまでにない驚異的な充電性能を備えています。
大型セダン「Han L」と迫力あるSUV「Tang L」のバッテリーは、充電ステーションで 1秒間に2km(5分で400km)もの航続距離を回復。前記録(Li Auto:500km/12分)を大きく上回ります。
「われわれは単なる自動車メーカーではなく、バッテリー技術に強みを持つテックブランドだ」と、BYDフランス代表エマニュエル・ブレ氏も胸を張ります。
両車は新開発の「スーパーeプラットフォーム」を採用。BYD製LFP(リン酸鉄リチウム)セルは 1,000V の超急速充電に対応しており、これまで800Vが主流だったヒュンダイ、ポルシェ、アウディを一歩リードしています。
さらに、最高速300km/hを誇るHan Lを支えるため、BYDは欧州の充電器の4倍パワーを持つ次世代チャージャーを自社展開中。中国国内ではすでに4,000基のネットワーク構築が進んでおり、今後ヨーロッパにも順次展開されます。
そしてBYDは、自社バッテリーの信頼性を象徴する未来的オプションも提案中。車載バッテリーで充電可能な 電動ドローン をルーフに装着し、走行中の路面や周囲を空から監視させる――そんな革新的ギミックまで用意しています。
6. 「スマホが走る」SDV(ソフトウェア定義車両)の時代
SDV(Software Defined Vehicle:ソフトウェア定義車両)によって、自動車の新時代が幕を開けようとしています。
「現在、クルマを買うと、搭載される機能の数は最初に一度だけ決められます。しかし将来は、自分のニーズに合わせて後から新機能を追加できるようになるでしょう」と、部品大手バレオのSDV担当副社長デレク・ドゥ・ボノ氏は説明します。
たとえば、休暇の際にもっとエンジンパワーが欲しくなったら? クリック三回でアップグレード完了。最新の運転支援機能が欲しければ? 同じく数クリックでダウンロードできます。まさにスマートフォンと同じビジネスモデルで、アプリを開発者が提供し、サブスクリプション課金で収益化する仕組みです。
「特に中国ではこの技術が先行しており、クルマには将来搭載するための大容量メモリやセンサーが最初から積まれています」と、自動車イノベーションの専門家クリストフ・カーズ氏。
しかし欧米で本格導入するには、自動車の既存アーキテクチャを根本から見直す必要があります。従来はウィンドウ操作からエアコン制御まで、あらゆる機能がそれぞれ専用のECU(制御ユニット)に依存していました。これをSDV車両では、コンピュータを大幅に減らして処理能力を極限まで高めた集中型に置き換えます。
「2030年には、クルマ1台に1億行ものコードが書かれるようになり、これは現在の戦闘機をも上回る規模です」と、ルノーのSDVプロジェクト責任者アントワーヌ・ヴィヨーム氏は予測しています。
7. ホイール内蔵モーター(インホイールモーター)
インホイールモーターは、各車輪に直接電動モーターを組み込む技術で、駆動効率の向上や車内スペースの拡張に寄与します。例えば、トヨタの「FCVプラス」やLexusの「LF-30 Electrified」などがこの技術を採用しています。
ルノーが2027年発売を予定している100%電動の「R5 ターボ 3E」は、未来のスポーツカーの先駆けとして、エンジニアたちの自由な発想が存分に発揮されました。
ホイール内モーター搭載
リアの左右ホイールにそれぞれ電動モーターを配置し、合計で540馬力を路面に直接伝えます。これにより、従来のドライブシャフト(伝達軸)は不要に。無駄なくパワーをホイールへ届けることで、驚異的な加速性能を実現しています。
圧倒的な加速力
0→100km/h加速はわずか3.5秒未満!
「R5 ターボは、いま市場にある最高峰のスーパーカーに匹敵するレベル」と、アルピーヌ・カー スの前期開発・イノベーション責任者フィリップ・ヴァレ氏も太鼓判。
軽量&効率設計
カーボン製モノコックボディと、ホイール直結モーターが生み出す効率的なパワートレインによって、エネルギーロスを最小限に抑えつつ車両重量も大幅に軽減。
実用的な航続距離
カタログ値で400kmの航続性能を確保。
生産台数は1,980台の限定。サーキットでの高速走行を愛する富裕層向けに、販売価格は155,000ユーロ(約2,500万円)から。これほどのスペックを小ロットで市販するのはルノーが世界初となります。
2028年にはBMWも同様のコンセプトに参入予定。BMW「iM3」では、前後合計4基のホイール内モーターを採用し、1,000馬力オーバーの出力を実現すると言われています。
8. 視線で起動するコックピット
部品メーカー各社は、未来のコックピット像を思い思いに描いています。なかでも Forvia(フォルビア)は、車内の“面”を能動的に変化させる技術に注力。たとえばドアトリムやセンターコンソール自体が発熱パネルとなり、キャビンを包み込むような“コクーン効果”を演出します。
快適性と安全性を両立するため、ドライバーは画面に視線を向けるだけで機能を選択し、軽くタッチすることで即座に操作が完了。これにより、目線を道路から一瞬もそらさずに済みます。さらに、キャビン内に設置した小型カメラが虹彩を認証し、車両に追加購入した新機能の承認手続きを自動で行うことも可能に。
加えて、このカメラは乗員の姿勢を常時モニタリング。万が一の衝突時には、エアバッグのガス注入量を最適化して最大限の保護効果を発揮します。エンジニアたちは、こうした先進的な機能が交通事故による死傷者数の大幅な減少につながることを期待しています。
9. 水素 ‐ 次世代燃料の可能性
トヨタ、ヒュンダイ、BMWをはじめ、多くのメーカーが「水素自動車」に大きな期待を寄せています。脱炭素モビリティ実現の有力な選択肢として、水素燃料電池車は依然、非常に有望と考えられているのです。
たとえばヒュンダイは、今年、燃料電池SUV「Nexo(ネクソ)」の第2世代モデルを投入します。出力は209馬力と向上し、航続距離も前モデルの666kmから700kmへ延長。最大の売りは“給水素5分”の速さで、ガソリンスタンド並みの給油感覚を実現しました。しかも水素の価格は1kgあたり約12ユーロ(約1,800円)と比較的安価で、100km走行に十分な量が補給できます。
しかし普及にはまだ課題も残ります。Nexoの車両価格は8万ユーロ超(約1,400万円)と高額であること、そしてフランス国内での水素ステーション数が現状40か所にとどまることなどがネックです。
それでもルノーのように、次世代モビリティへの可能性を追究する動きは続きます。ルノーのデモカー「E-ビエナジー」は、40kWhのバッテリーをベースに小型の燃料電池ユニットを組み合わせた“ハイブリッド型燃料電池車”。日常的な街乗りはバッテリーのみで約300kmこなし、長距離走行時には水素と空気の化学反応で発電する燃料電池が常時バッテリーをアシストして航続距離を伸ばします。ルノーによれば、水素補給を2回行うだけで合計1,000km以上走破できるそうです。早急なステーション整備が待たれます。
10. 路上を浮遊するように走る – SkyRideの実演動画
中国・NiRO(ニーロ)は革新的なサスペンション性能をアピールするため、話題のデモ動画を公開しました。高級セダン「ET9」のボンネット上にシャンパングラス14つをピラミッド状に積み、全長5.32mの車体を“でこぼこ道”に通しても、一滴のシャンパンもこぼれない – という驚きの映像です。
この秘訣こそが、米国クリアモーション社の「SkyRide」技術。各ホイールに電動モーター付き油圧ダンパーを組み込み、空気室内の流体を瞬時に圧縮・解放。コンピューター制御のアクティブサスペンションがミリ秒で車体を上下させることで、路面の凹凸を魔法のように消し去ります。乗員はまるで「空飛ぶ絨毯」に乗っているかのような滑らかな乗り心地を味わえます。
専門家によれば、これまで“最高峰”とされたポルシェ・パナメーラのサスペンション性能をもしのぐ快適さだといいます。
レトロな車体に未来の技術 – 商品化されるフランスのコンセプトカー
スタフェット(Stafette)の復活:懐かしの商用車が未来仕様に
1959年にルノーが発売した名物商用車「スタフェット」が、新たに復活することが話題となっています。かつてのパネルバンとは一線を画し、従来の荷室スペースを維持しつつ全高を高く設計。身長190cmの配達員でも車内で作業しやすいよう配慮されています。
さらに、ルノー初となる「SDV(Software Defined Vehicle:ソフトウェア定義車両)」技術を採用。購入後もソフトウェアのアップデートで機能が自動的かつ継続的に向上し、都市型の「ラストワンマイル」物流を支える電動商用車として期待されています。
Renault Estafette Concept(ルノー・エスタフェット・コンセプト)
2024年のIAAトランスポーテーションショーで発表されたこの電動バンは、1959年に登場した初代Estafetteの精神を受け継ぎつつ、現代の都市物流に対応するために再設計されました。
主な特徴:
- コンパクトで機動性の高い設計:全長4.87m、全高2.59mのサイズで、標準的な駐車スペースにも収まります。また、最小回転半径は3.1mと、都市部での取り回しに優れています。
- 広々とした荷室:7.1立方メートルの荷室容量を確保し、ドライバーが車内で立って作業できる高さを持ちます。これにより、効率的な積み下ろしが可能です。
- 先進的なデザイン:ヘリウムグレーの車体にトロピックアシッドイエローのルーフを組み合わせたツートンカラーが特徴的で、都市の景観に溶け込みながらも存在感を放ちます。
- 最新のテクノロジー:ルノーとVolvo、CMA CGMの合弁会社であるFlexisと共同開発したFlexEVanプラットフォームを採用し、ソフトウェア定義車両(SDV)として、リアルタイムのアップデートや予測保守が可能です。
このコンセプトカーは、都市部での持続可能な物流を実現するための新しいアプローチを示しており、2026年からの量産が予定されています。