背景の物語:マンフレッド・ヘラーの世界
このホテルには設定があります。十九世紀ロレーヌに暮らす独身貴族、マンフレッド ヘラーが主人公です。発明に没頭する日々のなか、ある地震で家が地面から持ち上がり、空へと上がってしまう。スタルクはこの寓話を自らの小説として書き、設計の芯に据えました。
九階に上がると、彼の家に招かれた気分になります。物語を知ってから泊まると、壁の模様も照明の影も伏線に見えてきます。
建物の外観とインテリア:ティム・バートンの世界観?
第一印象は鮮烈です。九階建ての黒い塔の上に、ロレーヌ風の小邸宅がちょこんと乗る。まるでティム・バートン監督の映画セットのような、不思議なシルエット。9階建てのモノリスの頂上に、クラシックな“ロレーヌ風ヴィラ”が乗っかっています。
内部はコンクリートの素地に木や革の温かさを重ね、テラコッタの床や積み上げた薪が落ち着きをつくります。柱には深い緑の型押しレザー。ロビーのアンティークミラーに間接光が柔らかく反射し、美術館と山小屋の良いとこ取りのような居心地です。
壁紙や家具にはアルファベットとヒエログリフが混じった暗号が散りばめられています。解読すれば、マンフレッドのメッセージに出会えるはず。レストランには、スタルクの娘アラが制作した19枚のステンドグラスにより、時間とともに色の層がゆっくりと室内に流れ込みます。


客室:スタルク流の心地よさ
素材はシンプルです。コンクリートの構造体に端正なスチールのフレーム。照明は控えめで、陰影が形を引き立てます。奇抜さよりも居心地を優先し、寝具の厚みや収納の動線、デスクの高さまで配慮が行き届いています。
塔の二階から八階が客室で、大きな窓が街を切り取り、一日の気分をすっと整えてくれます。
- 素材感:剥き出しのコンクリート、スチールのフレーム、抑えたダウンライト
- 遊び心:壁の暗号を見つけたり、家具の彫り込みを解読したり、まるで宝探しのよう。
- 機能性:デザイン性を保ちつつ、寝心地や収納などしっかり実用的です。


レストランとブラッセリー:物語をつなぐ二つの食卓
一階のブラッスリー「ラ キュイジーヌ ド ローズ」は、恋人ローズへの想いを色に託したピンクの空間です。季節の料理と日替わりタルトを、昼から夜まで気軽に楽しめます。
九階の「ラ メゾン ド マンフレッド」では、家そのものを食卓に見立てた現代的なフランス料理を、パノラマの眺めとともに味わえます。
日が落ちると、ステンドグラスの色が街並みににじみ、景色が静かに表情を変えます。締めくくりは屋上にあるバーのシグネチャーカクテルで。




- La Cuisine de Rose
- “ローズへの想い”をコンセプトに、店内はピンク一色。
- 食器もピンク、照明もピンク…まさに「ピンクの王国」!
- シェフ・アレクサンドル・モンスが、すべての料理に必ず“ひとつだけ”ピンクの食材を使って演出します。
- 天空のレストラン(Maison Manfred)
- モノリス最上階にあるセカンドレストランは、昼はパノラミックな街並みを、夜はライトアップされたメッスの夜景を一望。
- フランス伝統料理をベースにしつつ、スタルクらしいひねりを加えたメニューが並びます。
フィリップ スタルクという作家性
スタルクは境界を軽やかに越える人です。透明な椅子で素材の軽さを可視化し、台所には彫刻のようなレモン絞りを置き、老舗ホテルを現代の空気で包み直してきました。
ここメッスでは、物語と建築を同じ温度で扱い、都市の見え方に新しい角度を与えています。ホテルという機能に、遊び心と寓話をそっと同居させる。そんな彼らしさが、メゾン ヘラーの隅々に息づいています。
フィリップ・スタルク(Philippe Starck)とは?
スタルクは、一九五二年生まれ。パリ郊外マント ラ ジョリー出身のフランスを代表する工業デザイナーであり建築家です。日本では浅草のアサヒビール本社に浮かぶ金色のオブジェがよく知られています。家具や日用品からインテリア、建築、果てはトイレやヨットに至るまで、常識にとらわれない発想で幅広い仕事を手がけてきました。軽やかな素材使い、ユーモアのある造形、そして生活の所作を美しく整える機能性。こうした要素が、彼の作品に一貫したリズムを与えています。
代表作とプロジェクトは以下の通りです。プロダクトの革新、空間の編集、都市との対話。その三つの軸が彼の仕事に独自性を与えています。
スタルクの代表的な作品とプロジェクト
| カテゴリ | 作品名・プロジェクト | 年代 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 家具プロダクト | アルキミア(Louis Ghost)チェア | 2002年 | ポリカーボネート製、透明な“幽霊”のような椅子 |
| キッチン用品 | ジェニュイン(Juicy Salif)レモン絞り | 1990年 | イカリ型フォルムがアイコニック |
| 空間デザイン | ロワイヤル・モントルイユ・ホテル(Le Royal Monceau)改装 | 2010年頃 | 豪華絢爛なパリの老舗ホテルを大胆にコンテンポラリーに改装 |
| 建築 | ポンピドゥー・メッス(Centre Pompidou-Metz) | 2010年 | 流線型の大屋根と軽快な構造体が印象的 |
| 日用品 | アエロタブ(Aérotech)トイレ | 2005年 | 軽やかなフォルムと衛生設計を両立 |




ホテルのあるメッス(Metz)ってどんなところ?
メッス(Metz)は、フランス北東部、ロレーヌ地域圏(グランド・テスト地方)の中心都市で、ドイツ国境やルクセンブルクにもほど近く、古くからヨーロッパ大陸の要衝として栄えてきました。
パリから約320km。TGVで約1.5時間の距離です。 フランス東部の主要都市である、ストラスブールへもTGVで約1時間ですので、パリからの日帰りの旅にもおすすめです。
美しい歴史的建造物と、ポンピドゥー・メッス美術館などモダンなアートが共存する魅力的な街です。






歴史と街歩き
- サン=テティエンヌ大聖堂(Cathédrale Saint-Étienne)
ゴシック建築の傑作で、そのステンドグラスは「フランス有数の光の祭典」とも称されます。13~16世紀にかけて建造され、内部にはモダンな作家による現代作品も混在。 - ローマ時代の遺構
古代ローマ時代の城塞跡や橋(Pont des Roches)などが各所に残り、石畳の細い路地を歩くだけで、かつての要塞都市の名残を感じられます。 - ポルト・デ・ザルマン(Porte des Allemands)
中世には市壁の一部として機能した石橋門。メッスを象徴するフォトスポットです。
アートと文化の交差点
- ポンピドゥー・メッス(Centre Pompidou-Metz)
2010年に開館した、パリの国立近代美術館・ポンピドゥー・センターの地方館。流線型の巨大な屋根が目を引き、世界各地から集められた現代アートの展覧会を定期的に開催しています。 - メッス・ミュージアム(Musée de la Cour d’Or)
美術工芸、考古学、建築遺産など、ロレーヌ地方の歴史を網羅する総合博物館。ローマ時代から中世、ルネサンス期を経て現代までの遺物が一堂に会します。
自然とリラックススポット
- モーゼル川(Moselle)沿いのプロムナード
水面に映る大聖堂や古い橋を眺めながらのんびり散策。夏には遊覧船ツアーも運航しています。 - エスプラナード公園(Esplanade)
市街地西側に広がる緑地公園で、ジョギングやピクニック、家族連れにも人気の憩いの場。 - 植物園(Jardin Botanique de Metz)
約4ヘクタールの敷地に、世界各地の植物を集めたガーデンが広がり、四季折々の花々が楽しめます。
宿泊料金&アクセス
- 宿泊料金:1泊あたり 170ユーロ〜
- 住所:31, rue Jacques Chirac, 57000 Metz(アムフィテアトル地区)
- 電話番号:+33 3 56 63 16 31
- ウェブサイト:maisonhelermetz.com
フィリップ・スタルクが“最高に個人的”な遊び心を注ぎ込んだ「メゾン・ヘラー」。
このホテルにはただ宿泊するために行くというより、ホテルを楽しみに行く感覚で行ってください。なぜそういうデザインになっているのか、館内に散りばめられた暗号や物語を解き明かしながら過ごす、まるでゲームのようなひとときが楽しめますよ。
メッスを訪れる際は、ぜひ常識を忘れてこの奇想天外な空間に飛び込んでみてくださいね!
僕はフィリップ・スタルクのデザインが大好きで、イタリアのアレッシ(Alessi)とのコラボ製品などを集めたりしているんだ。写真のジェニュインというレモン絞りも持ってるし。(実際にレモンを絞るのは電動のマシンを使ってるけどね。w)スタルクのデザインは無機質でミニマルなのにユーモアがあるという、普通は相反する要素がいいバランスで両立しているところが好きなんだ。彼自身のポートレート写真も真面目な顔でふざけてるしね。
メッスはパリから日帰りもできるけど、僕だったら一泊二日でマンフレッド・ヘラーホテルに宿泊して(デザインホテルでありながら、パリのビジネスホテル以下の値段というのが、地方の良さだよね)パリに戻るか、もし日にちに余裕があったら、コルマール、ストラスブールにまで足を伸ばしてフランス北東部への旅行をおすすめするな。
フランスの北東部って、パリや南仏、ブルターニュとはまた違って、フランスとドイツの可愛いところを合わせたような雰囲気の、素朴で可愛い町並みが楽しめるよ。地理的にもルクセンブルグとドイツに近いしね。ちなみにコルマールは、映画『ハウルの動く城』の舞台で、町並みなどはかなり正確に描かれているから、映画を観た人はなんだか懐かしい感じがすると思うよ。
特におすすめは、クリスマスシーズンで、フランスのクリスマス(ノエル)は、基本的に家族と家で過ごすので街は意外と地味なんだけど、東部から北東部はドイツの影響があるからか、メルヘンチックで可愛いんだ。パリのクリスマスマーケットもフランス北東部のスタイルの影響を受けているしね。
パリはいろいろな見所があるけど、人が多いし騒音もあるから、静かにゆったり観光したい人には、TGVで1−2時間で地方に足を伸ばすと、大聖堂や美術館などにも並ばないでゆっくり観て回れるからおすすめです。(物価も安いし。最近は円安もあってパリの食事やホテルが本当に高いから、日本から来てくれる人になんだか申し訳ない気がするんだよね。)
フランス人にも、フランス北部は人が暖かい、とよく言われるくらいで親切な人が多いから、一人旅でも女の子だけの旅でも、怖がらなくても大丈夫だよ。