一緒に耕すという選択|フランスの地方で広がる共同農場の10年

フランス中部の小さな村で、若い農業者たちが選んだのは「一人で抱え込まない農業」でした。土地を共有し、仕事を分け合い、直売で地域とつながる。10年続いた共同農場の現場から、これからの農と暮らしのヒントを探ります。

農業は孤独である、という思い込みからの解放

若い農業者たちが拓いた「もうひとつの農業」の物語

フランス中部、オートヴィエンヌ県のなだらかな丘陵地帯に、ひとつの農場があります。名前はラ・トゥルヌリー(La Tournerie)。高速鉄道も観光地もない場所ですが、週に二度、この農場の直売所には人が集まります。
地元の年金生活者、子育て世代、時にはわざわざ車を走らせてくる人もいます。理由は単純です。ここで売られている野菜やチーズ、パン、ビールが「おいしい」から。そしてもうひとつ、この場所には、いまの時代に少し足りなくなっている何かがあるからです。

農業は長いあいだ、「ひとりで背負う仕事」でした。家業として継ぎ、土地を守り、作物を育て、天候と市場に振り回されながら黙々と働く。フランスでもこのイメージは根強く残っています。
実際、フランスの農業従事者の多くは、いまも単独経営です。150ヘクタールもの土地を、一人または家族だけで管理するケースも珍しくありません。その結果、労働時間は長く、休みは少なく、精神的な負担も大きい。若い世代が農業に踏み出せない理由の多くは、収入の問題だけではなく、この「孤立」にあります。

ラ・トゥルヌリーを立ち上げた若者たちは、この前提そのものを疑いました。
農業は、本当に一人でやらなければならないのか。
農地は、個人が所有し続けなければならないのか。
農家は、生活を削って働き続けるしかないのか。

彼らの答えは、明確でした。「それなら、最初から一緒にやればいい」。

直売店舗

「共同」で耕すという発想

個人でも、企業でもない第三の選択

フランスには2,100を超える農業協同組合があり、農産物や資機材の集荷・販売に大きな力を持っています。これら協同組合は農業生産の40%を占める巨大な存在です。
しかしラ・トゥルヌリーは、これら既存の協同組合とも異なります。ここで実践されているのは、「個人経営とも企業経営とも異なる、新しい集合体としての農業」です。

ここでは、

  • 野菜農家

  • 酪農・乳製品生産者

  • パン職人

  • チーズ職人

  • ビール醸造者

といった、生産分野の異なる人々が一つの農場で共同生活・共同作業を行います。
この方法は、労働力やリスクを一人で負う必要がなくなるだけでなく、異なる分野の知識や技能が交わることで、結果として生産物の質と多様性を高めています。

これは農業が「孤独で過酷な仕事」だという古いイメージと決別する試みです。

手作りのチーズ

多様性が生む強さ

一つの作物に縛られない経営という選択

ラ・トゥルヌリーの経営を支えているもう一つの柱が、多様な生産を組み合わせた農業です。
この農場は、単一の作物や収入源に依存していません。野菜があり、穀物があり、家畜がいて、それらを加工したチーズやパン、ビールがあります。

この多様性は、農業経営において非常に重要な意味を持ちます。
たとえば、天候不順で野菜が不作になった年でも、乳製品や加工品の売上がそれを補うことができます。逆に、乳価が下がった年には、直売の野菜やビールが支えになります。収入源を分けることは、そのままリスクを分けることでもあるのです。

環境面でも、多様性は強さになります。作物と畜産を組み合わせることで、家畜の排せつ物は肥料として畑に戻り、作物の副産物は飼料になります。人間が食べられない草や残渣が、動物を通して再び価値を生む。この循環は、外部資材への依存を減らし、環境への負荷を抑えます。

フランス全体を見ると、有機農業への関心は高まってきました。統計によれば、2022年時点で有機農地の割合は農地全体の約11パーセントに達しています。ただし近年は、その伸びが鈍化し、一部では減少傾向も見られます。
背景にあるのは、資材価格の高騰や人件費の上昇、消費者の節約志向といった経済的な問題です。環境にやさしい農業を選ぶだけでは、経営が安定しない現実もあります。

だからこそ、ラ・トゥルヌリーのように、生産を分散し、加工や直売までを含めた柔軟な経営構造が意味を持ちます。多様性は、理想論ではなく、変化の激しい時代を生き抜くための現実的な戦略なのです。

酪農

土地を持たないという自由

借金に縛られない農業のかたち

若い農業者にとって、最大の壁は土地です。フランスでも農地価格は上昇傾向にあり、初期投資なしで農業を始めることはほぼ不可能です。
ここで重要な役割を果たしたのが、市民団体「Terre de liens(つながりの地)」でした。

この団体は、農地を投機対象にせず、環境に配慮した農業を行う人々に長期で貸し出す仕組みを作っています。土地は団体が所有し、生産者は利用者として関わる。
ラ・トゥルヌリーのメンバーも、この仕組みによって、莫大な借金を背負うことなく農業を始めることができました。

現在、Terre de liensはフランス国内で250以上の農場、6,000ヘクタール以上の土地を支えています。
土地を「縛り」ではなく「共有資源」として扱うこの考え方は、農業に限らず、これからの働き方全体にも通じるものかもしれません。

「普通の暮らし」を大事にする

働き方としての農業

共同農場での暮らしは、「農業だから休みがない」というイメージとは大きく異なります。
ラ・トゥルヌリーでは、週42時間程度の労働、年5週間の休暇、週末の確保を前提に仕事が組み立てられています。

収入は決して高くありません。多くの人が最低賃金程度です。しかし、食べ物は自給でき、生活コストの低い地域で暮らすことで、「生活として成り立つ農業」が実現されています。
無理なく続けられること。それこそが、この農場の持続性を支えています。

10年続いたという事実

農場は、人が集まる場所になる

ラ・トゥルヌリーの直売所は、単なる販売スペースではありません。
ベンチがあり、簡単なバーがあり、夏には音楽が流れ、冬にはストーブを囲んで人が集まります。

地元の常連「ミミ」は、開店十分前には必ず店の前に立っています。彼女にとって、ここは買い物の場所であると同時に、人と話し、つながる場所でもあります。

2025年、農場は10周年を迎え、700人以上が集まりました。
「ここまで続くとは思わなかった」という創設メンバーの言葉には、驚きと静かな誇りがにじんでいました。

一緒に耕すこと。
一緒に食べること。
一緒に暮らしを作ること。

ラ・トゥルヌリーは、理想論ではなく、現実としてそれを10年間続けてきました。
この場所が示しているのは、農業の未来というよりも、「生き方の選択肢」なのかもしれません。

直売所入口

ぼくはこの、週42時間労働、年5週間の休暇、週末はしっかり休むという労働時間管理は、これからの農業にとても大事なことだと思うんだ。これまでの農業は家族経営で、休みは休める時にとる、それが無理なら根性で頑張る、というイメージだったよね。でもそんなやり方では、若い人たちが後に続かなくなってしまう。実際にフランスの農家の平均年齢は、2020年の統計ですでに約51.4歳だったけれど、温暖化や政治の問題などが重なり、若い人の農業離れが顕著になり、高齢化が一気に加速している。現代は仕事を選択できる時代だ。食べていくために仕事をするのではなく、生きたいように人生をつくっていくために仕事がある。でも、仕事の比重が大きすぎて人生を楽しむための休みさえ取れなかったら、いくらその仕事が好きでも選択から外れてしまうのは自然な流れだ。

日本の農家の高齢化は更に深刻で、同時期の平均年齢は68.7歳だったけど、現在は更に年齢が上がっているということだ。70歳なんて、普通に考えたら「引退した後の生活」の年齢だよね。農作業が生活に活気を与えて生きがいになっているということならいいけど、そういう人は少ないみたいだ。多くは後継者がいないとか、生活に余裕がないことが理由だというけど、それじゃあ若い人たちが後に続かなくなるのも当然だよね。これまでの「家族経営」と「根性論」だけで乗り切るのは、もう限界だと思うんだ。

ぼくはカナダの大学でITを学んだんだけど、日本の大学では農学部を卒業しているんだ。(農業の記事が多めなのも、コメントにチカラが入りがちなのもそういう個人的な理由からなんだ。)家族も親戚にも農家を営んでいる家はなかったから農業を学ぶ必然性はなかったんだけど、小さい時から畑や牧場が好きで、農業に対する漠然とした憧れがあった。でもその頃は、農家じゃない人が農業をしごとにするには、農地を買って農家になるくらいしか選択肢はないという高いハードルがあった。人手が足りない農家にお手伝いに行くということはできたけど、それは就職とは言えない。だから研究職に進んだんだけど、あの頃に共同経営とか、他の職種でも参加できるコミューンなどがあったら参加したかったな。趣味で家庭菜園レベルのことはやったりしたけど、農地を貸し出す仕組みなどがあったら、本格的な土壌の改良や品種改良などを自分で試してみたかった。もちろんひとりじゃ無理だろうけど、志を同じくする同志がいたら、孤独感も感じずにすんだんじゃないだろうか。

学生時代、ぼくも農業実習で、いろいろな農家さんに実習生として行ったことがある。農家の仕事はそれは大変で、朝早くから夜遅くまで、受け持ちの区域を耕したり収穫したり運んだりといくら作業をしても終わりがなかった。体力的にもきつく、孤独な作業だったけど、ぼくには一緒に愚痴を言ったり笑い合ったりできる実習仲間の友達がいたから、それがストレス発散になっていた。どうしたらもっと楽に作業ができるかとか、農業の未来について遅くまで話し合うこともあった。農家さんの意見も聞きたかったけど、頭でっかちな学生の意見なんか聞く暇はないという感じで、「楽をして作業をしようと思うな。農業というのは、こういうもの(伝統的な肉体労働)なんだ。」などと怒られたりもした。(ぼくたちは労働を提供するためというより、農作業や品種を改良するために派遣されていたから、それを言っちゃあオシマイなんだけどね。)

農家さんの中には、ぼくらと同じ世代の息子さんがいる家もあった。同じ家に宿泊させてもらっているのだから、できれば友だちになりたかったし、いろいろな話がしたかった。でも、農業の話なんてしたくもないという感じで、なんだか避けられている感じだった。いつか逃げられなくなる日が来るまで、今を楽しもうと刹那的に生きている感じだったから、関わりたくなかったんだろうね。(お父さんと意見が合わずに仲が悪いことも多かったし。気持ちはちょっとわかるけど。)
正直なはなし、いくら農業が好きなぼくだって、あんな孤独な作業を(実習仲間がいなかったら一日中ずっとひとり)、誰かと愚痴を言い合ったり、笑い合うこともなく一生続けるという未来が待っていたら、逃げ出したくなると思う。

どうして農業で楽をしようとしたらいけないんだろう、どうして楽しく仕事をしてはいけないんだろうという疑問は残ったけど、他の農家さんに行った学生たちも、同じ印象を持った人が多かった。実家が農家でいずれは農家を継ぐという同級生は、将来の仕事をより良くするという目標のために大学に来たと言っていたけど、実際は将来を選択できる君たちが羨ましいよと本音を言っていたことが忘れられない。
「農業=苦労が多く、閉鎖的な世界」という暗い側面が、若者の意欲を削いでしまっていたのだと思う。

農業が抱える問題には、気候変動や高齢化、収入の不安定さなどいろいろあるけれど、語られることが少なく見過ごされがちな「孤立」だって世界共通の深刻な問題だ。昔は地域の農家とのコミューン的な役割を「村」が果たしていたのだろうけど、村から若い人が減り続け、開放的なコミューンという役割が消滅しつつある。社会問題となっている高齢者の孤立などと根っこは一緒だ。この問題を一緒に解決できる方法があるのではないかと思っていた。

だからこのニュースのように、「効率化を追求し、チームで挑戦する若者たち」の姿を見ると、やっとそういう時代が来たんだな、と嬉しくなる。
農業は確かにタフな仕事だけど、だからこそ、皆で楽しみながらできるようにするべきなんだ。得意な分野がある人が、不得意な人のサポートをする。体力がない人や障害がある人だって、ITスキルを駆使して管理を自動化したり、ドローンを使いこなせるようになれば、できることは一気に広がる。マーケティングの視点で販路を広げたり、チームで作業を分担し、休暇を管理したりと、肉体労働以外にも得意なことを活かせる可能性はたくさんある。高齢者にも負担なく作業ができるようにエルゴ的な工夫をすれば、体を動かすことは健康にも精神的にも良いし、植物の栽培が好きな高齢者は多いんだ。椅子に座って、テーブルの上で他の人達とお茶を飲んだりおしゃべりしながら行う選別作業や箱詰め作業なんて、脳も目も指先も同時に使うことができるから、認知症やフレイル予防にもってこいだ。高齢者施設からバスで遠足のように農場に来て、いろいろな作業をしたり散歩をしたりして夕方に帰る、リフレッシュできていい具合に疲れて、夜にはぐっすり眠れることだろう。

そして、ラ・トゥルヌリーの直売所及びカフェのような場所は、地方に移住してきた人の心の拠り所になるような気がする。日本でも、都会から地方に移住した人たちの移住失敗の第一の原因は、地域に馴染むことができなかったという理由だそうだ。無理もないと思う。いきなり都会から来ましたと挨拶されても、地元の人たちだって身構えてしまう。なにを話してどうやって付き合っていけばいいかわからないのはお互い様だ。結果的に孤立して自己流で生活するしかなくなり、地域の人に疎まれる存在になってしまう。これは悲劇だけど、地方だけの話じゃない。海外移住にだってよくある話だ。そんなとき、こんなカフェがあったら、まずはカフェの人に何でも相談すればいいんだ。そのうちに周りの人たちが話に加わってきて相談に乗ってくれるだろう。自然なきっかけさえあれば、都会の人と地方の人にだって、わかりあえる話題はたくさんあると思う。外国人同士にだってあるんだからさ。

農業という歴史ある産業が、最新の知見や多様なアイディアを取り入れ、他の産業に劣らない「クリエイティブで魅力的な職業」へと脱皮して、誰でも気軽に参加できる身近な産業になったら素晴らしいじゃない?

Parisrobot Talks

パリロボのひとりごと

本記事の出典と編集方針について:

本ブログの記事本文は、Le MondeLe FigaroLe Parisien などのフランスの日刊紙や、01NetUsine Nouvelle などの専門メディアの報道内容をもとに、関連情報を整理し、背景や文脈を補足する形で構成しています。

画像出典について:

独自撮影の写真、AI生成画像、およびパブリックドメイン(Wikiコモンズ等)を、著作権に配慮したハイブリッド構成で使用しています。

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