
治療中に亡くなるがん患者の約90%が、治療薬に対する耐性によって治療が失敗
がん治療にはさまざまな手法が存在します。代表的なものには、化学療法、分子標的療法、そして免疫療法などがあり、患者さんの状況に応じて使い分けられています。しかし、どの治療法をとっても共通して直面する大きな課題があります。それは、がん細胞が治療薬に対して「抵抗力(耐性)」を獲得してしまうことです。
この「薬剤耐性」によって、せっかく効いていた治療薬が無効になり、がん細胞が再び増殖してしまうケースが多く見られます。事実、治療中に亡くなるがん患者の約90%が、この耐性によって治療が失敗したことが原因とされています。
この問題を正面から解決しようとしているのが、フランス・グルノーブル発のスタートアップ「ReACT Therapeutics(リアクト・セラピューティクス)」です。
抗がん剤が効かなくなる「薬剤耐性」の原因とは?
がん細胞が薬剤に耐性を持つメカニズムにはいくつかの種類があります。そのなかでも、特に大きな役割を果たしているのが「BCRP(Breast Cancer Resistance Protein)」と呼ばれるタンパク質です。このタンパク質は、がん細胞の中に入ってきた抗がん剤を外に押し出す働きを持っており、これによって薬の効果がなくなってしまうのです。
ReACT Therapeuticsは、このBCRPの働きをブロックする新しい薬剤(阻害剤)を開発しています。これは、既存の抗がん剤と一緒に使うことで、がん細胞が薬を排出するのを防ぎ、本来の治療効果を取り戻すことができるという仕組みです。
このプロジェクトは、生物学者のリズ・クレモン=ドマンジュ氏(37歳)と、化学博士のエミール・ルーセル氏(31歳)の2人によって2023年1月に設立されました。リズ氏は、フランス国立保健医学研究所(Inserm)やバイオ企業Leukosでの研究経験を持ち、エミール氏はグルノーブルとリヨンの大学研究所でBCRP阻害剤の研究を進めてきました。
さらに、バイオテクノロジー分野で複数の企業を成功させてきた連続起業家ルノー・ヴァイヤン氏(47歳)も創業メンバーとして参画しています。
治療対象は大腸がん・膵臓がん。マウス実験で大きな成果
現在、ReACT Therapeuticsが重点的に取り組んでいるのは、大腸がんと膵臓がんという、患者数も多く、治療が難しいとされる2つのがんです。
開発された阻害剤はすでに特許を取得済みで、現在は前臨床試験(マウスなど動物を用いた試験)の段階にあります。この薬剤は、イリノテカン(Irinotécan)という既存の抗がん剤と組み合わせて使用することを想定しています。
イリノテカンは、大腸がん・膵臓がん治療において中心的な役割を果たす抗がん剤で、2023年には世界で約92億ドル(約1兆4000億円)の売上を記録しました。
マウスを用いた実験では、ReACT Therapeuticsの新薬を併用することで、イリノテカン単独の効果を2倍に引き上げ、生存期間を5倍に延ばすことに成功しています。これは非常に有望な結果であり、同社は今後この技術を乳がんなど他のがん治療にも広げていきたいと考えています。
技術移転・提携の可能性、そして10年後の商業化を目指す
同社は、これまでにSATT Linksium(大学発ベンチャー支援機関)やオーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏、さらにBpifrance(フランスの公的金融機関)などから、合計で55万ユーロ(約8800万円)の支援を受けています。
また、スタートアップ支援制度であるフレンチテック助成金、さらにi-Labビジネスコンテストでの受賞により、追加で61.5万ユーロ(約9800万円)の資金も獲得しています。
今後は、2年半以内に臨床試験(ヒトを対象とした試験)を開始することを目指しており、現在はそのための資金として50万ユーロ(約8000万円)の資金調達を進めています。実際の市販化は約10年後を目標としており、技術のライセンス供与や、製薬企業への売却といった選択肢も視野に入れています。
基本的な情報
- 目標資金調達額:50万ユーロ(約8000万円)
- 商業化開始予定:2033年頃(10年後)
- ターゲット顧客:製薬企業、バイオベンチャー、がん治療専門機関
- 想定ユーザー:大腸がん・膵臓がんなどの治療を受けるがん患者(将来的には乳がんなども)
- 対象市場:抗がん剤市場(2023年のイリノテカン市場は92億ドル規模)
- 使用技術:
- BCRP(がん薬剤排出タンパク質)を抑制する新世代分子の開発
- 抗がん剤との併用で耐性を防ぎ、治療効果を大幅に向上
- 現状:
- 特許取得済み
- マウス実験に成功(治療効果2倍、生存5倍)
- 前臨床段階、2年半以内に臨床試験開始予定
- 116.5万ユーロ(約1億8000万円)以上の資金をすでに調達済み
