
突如あらわれる「森の停車」
2025年7月のある週末。パリ・リヨン駅を午前8時16分に出発したモンタルジ行きの列車(R線)が、ボワ=ル=ロワ駅を発車して間もなく、不意に森の中で減速し停車しました。車窓からは道路も建物も見えず、ただ深い森だけが広がっています。ところがドアが開き、数十人の乗客が降り立ちました。
ここは、「フォンテーヌブロー=フォレ(Fontainebleau-Forêt)」、地図にも時刻表にも出てこない、パリ近郊鉄道の“幻の駅”です。


地図にも時刻表にも載らない「幻の駅」
この駅は、駅舎も改札も表示板もなく、木々に囲まれた短いホームが一本あるだけ。公式の時刻表や路線図には一切記載されず、鉄道ファンからは「halte fantôme(幻の停留所)」とも呼ばれています。
実際に列車が停車するのは、毎週末と祝日の朝、パリ発の上下4本の列車のうち、下り線(Paris → Province)行きの2本のみ。つまり、森の中で降りることはできても、そこから逆方向に列車へ乗ることは不可能です。帰路は必ず徒歩で本物の駅まで戻らなければなりません。
フォンテーヌブローの森とは
フォンテーヌブローの森は、ナポレオン三世が保護政策を進めたことで知られるフランス最大級の森林。ヨーロッパでも有数の岩登りスポットであり、週末にはハイキングやピクニックに訪れる人でにぎわいます。
パリから電車一本で、都会を離れていきなり大自然に飛び込める – それは鉄道が単なる移動手段を超えて「観光の玄関口」としての役割を果たしている象徴的な例でもあります。
不思議なホームとSNCFの工夫
フォンテーヌブロー=フォレのホームは通常の半分の長さしかなく、長大編成の列車を収容できません。このため、SNCFは安全確保のために、リヨン駅出発時から半分の車両のドアを閉鎖。結果として週末の朝の列車は、輸送力が半分に制限されるという異例の運行を強いられています。
この制約もあり、ダイヤ設定はわずか週末4本。ある意味で、列車に乗る人よりも降りる人のためにだけ存在する「特別な停留所」なのです。
Transilien R線の車両仕様
「Fontainebleau-Forêt」に停まる列車は、パリ・リヨン駅からモンタルジやモントローへ向かうR線。使われているのは最新型の二階建て電車「Regio 2N(Z 57000形)」です。
Regio 2N(Z 57000形 / Omneo Premiumとも呼ばれています)は、ボンバルディア(現アルストム)製の二階建て電車で、2017年からR線に導入され、旧型Z 5300やZ 5600系に代わって運用されており、カラーリングはイル=ド=フランス地域圏(Île-de-France Mobilités)を象徴する白・青・ピンクに塗装されています。
- メーカー:ボンバルディア(現アルストム)製
- 導入時期:2017年から順次R線へ投入
- 編成長:7両(全長110m)
- 定員:約1,200人(座席は500席前後)
- 最高速度:160km/h(実際は120〜140km/hで運行)
- 特徴:二階建て構造で、短い編成ながら大量輸送が可能。通勤にも観光にも対応した“郊外の主役列車”。
平日は郊外通勤を支え、週末は森への玄関口になる – R線は都市と自然を結ぶ象徴的な存在でもあります。
森を歩く人々の秘密の入口
利用者の多くはハイカーやサイクリスト。スポーツウェア姿の高齢者グループや、子ども連れの家族も目立ちます。降車した人々は、森の小径をそれぞれの目的地へと進んでいきます。
マウンテンバイクで駆け出す若者もいれば、杖をついたハイカーが緑のトンネルに消えていく。数分もすると、ホームは静寂に包まれ、鳥の声だけが響き渡るのです。
片道切符の冒険 – 最寄り駅まで徒歩1時間
帰りは徒歩で最寄り駅へ。森の小道を抜けるルートは、林道や小さな坂道を経て、有名な巨岩地帯にたどり着きます。歩けば約1時間。さらに余裕があれば、フォンテーヌブロー城まで足を延ばすこともできます。
日曜の午後には、パリ方面への列車が30分おきに走っているため、日帰りハイキングにはぴったりの行程です。
フォンテーヌブロー城の魅力




フォンテーヌブロー城は、12世紀にカペー朝の王たちが狩猟のための館を築いたことに始まり、フランス最古級の王宮のひとつとされています。特にフランソワ1世はこの地をこよなく愛し、イタリアから芸術家を招いてルネサンス様式の大改築を行いました。そのため、城内にはイタリア美術の影響を受けたフレスコ画や彫刻、豪華な装飾が数多く残され、「フランス・ルネサンスの揺籃」とも呼ばれています。以後、アンリ4世やルイ13世、ルイ14世など歴代の王が増改築を重ねたため、ルネサンス、バロック、古典主義といった多様な様式が同居するのも大きな特徴です。
これに対し、ベルサイユ宮殿は17世紀後半、ルイ14世が絶対王政の象徴として建設しました。ベルサイユの壮麗さは金箔や鏡の回廊、幾何学的に整えられたフランス式庭園など、圧倒的な規模と華美さに表れています。
一方で、フォンテーヌブロー城の魅力は、豪華さ一辺倒ではなく、芸術性と歴史性を重ねた「深み」にあります。例えば、フランソワ1世のギャラリーはルネサンス装飾の最高傑作とされ、ナポレオン1世はこの城で退位を宣言しました。つまり、ベルサイユが「権力の舞台装置」だとすれば、フォンテーヌブローは「歴史と芸術が融合した生きた宮殿」と言えます。
利用者の声 -「もっと知られていいのに」
この不思議な停留所の存在を知る人は多くありません。利用者の一部は「Hourrail」という交通情報サイトで偶然発見したと語ります。
「日曜の午後、車でパリに戻ろうとすると、週末を田舎で過ごした人の帰りの渋滞がひどい。でもここなら森を歩いてから電車でスムーズに帰れる。2枚のメトロ切符の値段で、1日たっぷり自然を楽しめるんです。」
彼らにとって「フォンテーヌブロー=フォレ」は、都会の喧騒から一歩抜け出すための隠れた入口なのです。
鉄道の中の小さな秘密
フォンテーヌブロー=フォレ停留所は、パリ近郊の近代的な鉄道網に突如として現れる「異質な存在」です。
「都市」と「自然」の間に隠された小さな扉。多くの利用客が「ちょっとした冒険」として楽しみ、毎週末この秘密の駅に降り立っています。

これはまたフランスらしいというか。本当にいきなり列車が減速したと思ったら停車して、何もないところに人々が降りていくんだよ。いくら無人駅とは言っても、せめて看板とか目印があっても良さそうなものだけど、かすかな白線がホーム?代わりで、もしひとりだったら「ほんとにここでいいの?」と不安になるような頼りなさだ。既にそこから冒険が始まっているということかもね。
まあ人を降ろすだけで、乗車させるわけじゃないから、ホームがどこでも大差ないんだろうけど。(ホームが短いから後ろの車両のほうは白線さえない。)
歩けば小1時間でパリ行きの駅に着くとはいっても、行く場合はちゃんとハイキング的な装備と靴で行ったほうがいいよ。パリ近郊とは言ってもかなり本格的な森林で、フランス山岳クラブがトレーニング用として使用していることでも知られているんだ。岩場や崖もあるし、遭難したり怪我をしちゃう可能性もあるから、夏でもショートパンツやサンダルで行くのは絶対に止めたほうがいい。(写真ではショートパンツの女の子が下車しているけどね。笑)
ちなみに旅行中にここまで足を伸ばすのなら、ぜひフォンテーヌブロー城を訪ねてみることをおすすめするよ。森の中に建てた狩猟のための館という説明からは想像できないほど、大きくて立派でびっくりするくらいなんだ。ベルサイユ城に比べて観光客が少ないのは、パリから離れていることと、森の中にあるからだろうけど、フランス人には、ベルサイユ城よりフォンテーヌブロー城のほうが好きだという人も結構多いんだよ。ベルサイユ城はちょっとキラキラしすぎていて(そういう目的で作られたわけだけど)歴史の重みに欠けるという声もあって、フォンテーヌブロー城の重厚な雰囲気を好み人も多いそうだよ。確かに、静寂の中で城を歩いていると、12世紀にタイムスリップした気になってくる。観光客の姿も少ないしね。
地図にも時刻表にも出ていない秘密の駅で降りて、森を歩いた後にたどり着く城、なんてRPGゲームのような世界観じゃない?