
食の大国の苦悩
2025年2月22日(土曜)~3月2日(日曜)まで、パリ万博公園(ポルト・ド・ヴェルサイユ)にて、第61回「Salon International de l’Agriculture:SIA(国際農業見本市)」が開催されています。
毎年2月に開催される国際農業見本市は、フランスにおける農業の重要さを華やかに世界に発信する祭典です。しかし2024年に、この伝統的な農業見本市は歴史的な転換点を迎えました。
エマニュエル・マクロン大統領が会場入りした瞬間、トラクターのクラクションと「政府は裏切り者!」の怒号が響き渡り、催涙ガスの白煙が会場を包みました。
この光景は、EU最大の農業国が抱える深い亀裂を象徴的に映し出していたのです。
崩れゆく農業大国の現実
数字が語る危機の深層
- 後継者なき畑:3人の引退農家に対し新規就農者は1人
- 食卓の国際化:果物の70%、鶏肉の50%が輸入依存
- 貿易収支の悪化:農産物黒字が2000年代の140億ユーロから2024年49億ユーロに急減。過去10年間で、フランスは70〜80億ユーロ相当の市場シェアを失いました。
農家の収入の厳しい現実
国立統計経済研究所INSEEによると、2021年のフランス国内の39万の農家(林業を除く)の平均報酬は月額1,860ユーロでしたが、 その活動の種類(畜産・酪農及び繁殖農家、園芸農家、穀物農家)、農場の規模、およびその農家が位置する地域によって大きく異なります。
牛の飼育者は平均月収 1,480ユーロ、ワイン生産者は 2,760ユーロ、大手穀物栽培者は 2,150ユーロとなっていますが、2021年の新卒の平均給料が約 2,250~2,670ユーロであることと比較すると、ワイン生産者を除く農家の平均年収は、経験を積んだ大規模農家でさえ、新卒の平均的な初任給を大幅に下回る額であることがわかります。
特にヤギ、羊、馬の飼育者の月収平均はわずか680ユーロであり、農閑期のない手のかかる仕事でありながら、農家の収入だけでは生活できないことが実情です。
フランス全土の農家の18%は貧困線を下回っており、2001年の97万戸から2021年の39万戸までの農家数の減少からも、廃業せざるを得ない厳しさが伝わってきます。
そのうえINSEEの調査時の2021年から現在までに経費は 2年間で 25%増加したものの、収入は減っている農家が多く、特に経費の負担が大きい酪農や畜産農家を中心として、廃業に踏み切る農家が急増しており、子どもたちには農家を継がず、普通に就職して欲しいと願う農家が殆どだそうです。
EUの規制に対するフランスの農家の不満とは?
フランスの農家は、EUの規制に対していくつもの不満を抱えています。主な不満の点は以下の通りです:
- 環境規制の厳格化:
EUは環境保護を強化するため、農業に対して厳しい規制を導入しています。例えば、ネオニコチノイド系の殺虫剤の使用禁止、動物福祉基準の強化、バイオ多様性の保護などが挙げられます。これにより、農家は経済的な負担が増し、特に小規模農家にとっては維持が難しくなっていることが現状です。 - 農産物の価格低迷:
EUの共通農業政策(CAP)による補助金はありますが、その金額は不十分だと感じる農家も多いです。また、EU内での競争が激化し、特に輸入農産物の価格が安いため、地元の農産物の価格が低迷し、収益が減少しています。 - 規制の複雑さ:
EUの農業規制は非常に複雑で、手続きが多く、農家はその遵守に多くの時間とコストをかける必要があります。これが特に小規模な農家にとっては負担となり、規制遵守のために必要なリソースが足りない場合があります。 - 食品安全基準の影響:
EUは厳しい食品安全基準を定めており、これが農家にとってはコスト増加の原因となることがあります。例えば、農薬の使用基準や輸送・保管に関する規定が厳しく、これに適応するためには設備投資が必要となり、経営に圧力をかけます。 - 気候変動対策への対応:
EUは気候変動に対する対策を強化していますが、農業分野ではその影響が大きく、例えば温室効果ガス排出の削減を求められる場合があります。これにより、農家は新たな技術や方法を導入する必要があり、これが追加の費用となることがあります。
政策の光と影
フランスの農家は、これらの規制が農業経営に与える影響を軽減し、より実現可能で持続可能な方法で規制を導入するよう、EUに対して改善を求める声を上げています。
EGalim法とは
EGalim法は、正式には「農業及び食料分野における商業関係の均衡並びに健康で持続可能で誰もがアクセスできる食料のための法律」と呼ばれる法律で、2018年にフランスで制定されました。この法律は、主に農業者と食品産業の取引関係を改善し、農業者の所得を向上させることを目的としています。
目的と背景
この法律は、フランスにおける農産物の価格形成や取引条件を見直すもので、農業者の利益を保証し、持続可能な農業を推進することを狙っています。EGalim法は、マクロン大統領が主導した「食料全体会議」の結果として導入されたもので、農業者が生産した商品が適正に評価され、価格が決定される仕組みを整えています。
主な規定
EGalim法にはいくつかの重要な規定があります。
- 契約条件:
農業生産者が農産物を販売する際、契約条件は農業生産者からの提案が先行することが求められます。 - オーガニック食材の割合:
学校給食や公共の食堂に対する規制も含まれており、食材の20%をオーガニックにし、50%を高品質で持続可能な食材にすることが目指されています。 - 生産コスト:
農業者は、生産コストを考慮した書面契約の提示が求められ、価格決定においてもこのコストが反映される仕組みが導入されています。
EGalim法はその成立以降、様々な面で農業と食品産業に影響を及ぼしています。
農業者の収入を安定させることに加え、食品供給の品質向上を図るために制定された法律です。
この法律の一環として、2017年に制定された学校給食に関する規定は、子どもたちの健康を守るために大切な規定です。具体的には、学校給食の食材の20%をオーガニックにすること、そして50%を持続可能な高品質食材で構成することが求められています。
さらに、EGalim法は、食品業界が公正な取引を行うための環境を整えることも目的としており、この法的枠組みは食品のトレーサビリティを高め、消費者がより健康的で持続可能な選択をできるようにする助けとなります。
EGalim法の功罪
農家の交渉力強化を目指したこの法律は、大規模流通業者の海外調達拡大を招く逆効果を生んでしまいました。
目標を細かく設定することにより、農家は農作業の他に、契約書の締結やオーガニックであることを証明するための書類作成や、品質検査など、新たな手続きと事務処理の必要性が生まれてしまったのです。
農家側と給食の食材流通関係者は新たな規定に対応するために多くの手続きと作業が必要になり、コストが増えてしまったため、食材流通関係者は少しでも安く農産物を供給できる生産者を探し、農家は不利な条件で契約を提携するしかなくなり、その負担は農家側に押しかかることになってしまったのです。
パリ郊外の野菜農家ピエール・マルタン氏(49)は苦渋に満ちた表情で語っています。「補助金が出るとは言っても、新たなコストをカバーするほどの金額ではない。規制が厳しくなるほど法律の抜け穴を突く業者が現れて、それが見つかることで更に規制が厳しくなる。まるで鼠取り器がそこらじゅうにあるようなものだ。」
フランスの農業にとっての国際農業見本市の役割
「Salon International de l’Agriculture:SIA(国際農業見本市)」は、フランス農業にとって多岐にわたる影響をもたらす重要なイベントです。2025年の国際農業見本市のテーマは、「フランスの誇り(fierté française)」です。
このテーマは、農業が国の団結の象徴であることを強調し、フランス人が農業の重要性を再認識する機会とすることを目的としています。2024年の国際農業見本市が農民たちによる抗議で混乱した状況とは対照的に、2025年の国際農業見本市はより穏やかな雰囲気で開催され、フランス農業のポジティブな側面をアピールすることに重点を置いています。
国際農業見本市が、フランスの農業に果たす役割は以下の通りです。
- 国民の農業への関心を高める機会:
国際農業見本市は、国民が農業に触れ、その重要性を再認識する機会となります。2025年の国際農業見本市のテーマは「フランスの誇り」であり、農業が国の団結の象徴であることを強調しています。
食料の価格、品質、安全性など、消費者の関心が高いテーマについて、情報提供や意見交換が行われ、消費者の意識向上にも貢献します。 - 経済効果:
国際農業見本市は、60万人以上の来場者が見込まれる大規模なイベントであり、農業製品の販売促進や新たな取引の機会を提供し、農業製品の販売促進やブランドイメージの向上に貢献します。また地方経済や文化を活性化する役割も担っており、地域間の交流を促進します。 - 農業技術の紹介と普及:
国際農業見本市では、最新の農業技術やイノベーションが紹介され、農業従事者の技術向上や生産性向上に貢献します。 - 農業界の意見表明の場:
国際農業見本市は、農業団体(FNSEA(フランス農業総連盟)、農業組合、農業職業団体、生産者団体、地方調整、農民連盟など)が政府関係者と直接対話し、農業従事者が自らの不満や要求を政府に対して表明する場となり、農業が直面するさまざまな課題(収入の低下、世代交代の危機、環境問題など)を政府や国民に広く知らせる役割を果たします。2024年の国際農業見本市では、農業政策への批判や政府への不信感が噴出し、エマニュエル・マクロン大統領が農民達から激しい抗議を受けました。 - 政策への影響:
国際農業見本市での議論や農業界からの圧力は、政府の政策決定に影響を与えます。例えば、2025年の国際農業見本市の直前には、農業の方向性を示す法律が議会で可決されました。また、国際農業見本市での議論を受けて、EGalim法の見直しや土地問題に関する協議が行われる予定です。
国際農業見本市で話し合われた課題
- 農業政策:
政府は農業団体との対話を重視し、農業政策に関する意見交換を行いました。 - 農産物の価格と農業者の収入:
バイルー首相は、価格と収入の問題が最も重要であると強調しました。 - 水の管理:
水問題も重要なテーマとして取り上げられました。 - 世代交代:
世代交代は重要な課題であり、国際農業見本市では土地問題に関する協議が行われる予定です。 - 行政の簡素化:
農家が記入しなければならない共通農業政策(PAC)の申告について、行政がすべての情報を持つようにし、農家がその正確性を確認する形にすることを提案しています - 規制緩和:
環境保護よりも農業を優先する政策を掲げ、環境基準の緩和、農家の負担となっている行政上の手続きを軽減するために、環境基準の見直し、農薬の使用を半分に減らすことを目的としたエコフィト計画の緩和、農薬の販売と使用に関する規制緩和、欧州連合(EU)の共通農業政策(PAC)の補助金支払い規則の緩和の施行が約束されました。 - 農業における環境問題への取り組み:
農業が気候変動、生物多様性の喪失、土壌の劣化を引き起こしているという認識のもと、より持続可能な農業への移行が模索されました。 - 輸出促進のための行政簡素化:
輸出に関する行政手続きの簡素化は、企業が海外市場へ参入する際の障壁を減らすことを目的としています。手続きが煩雑であるほど、企業は輸出をためらう可能性があります。行政手続きを簡素化することで、輸出にかかる時間とコストを削減し、企業の国際競争力を高めることが期待されます。
FNSEA(全国農業従事者組合連合会)の役割
FNSEA(フランス農業総連盟)は、農業の生産的な性質を再確認しようとしています。
具体的には、以下の点を重視しています。
- Loi d’orientation agricole(農業の方向性を示す法律)の制定:
政府はFNSEAからの要望に耳を傾け、特にFNSEAが強く求めていた農業の方向性を示す法律の成立を重視しました。この法律は、国際農業見本市の開催直前の2月20日に議会で可決されました。FNSEAは、国際農業見本市の開催直前に採択された、農業と食料の主権に関する方向性を示す法律が、農業の生産的な性質を再確認するための「第一歩」であると評価しています。 - 農業の生産的性質の再確認:
FNSEAが特に求めていた、農業の生産的な性質を再確認する条項が法律に盛り込まれました。FNSEAは、この法律が農業を「公益に資する主要な関心事」として農村法に明記することを目的としている点を評価しています。 - 税制・社会保障上の負担軽減:
農業界に対する税制および社会保障上の負担軽減策が、2025年度の財政法案および社会保障財政法案に盛り込まれました。政府は、これらの措置による国の負担を約5億ユーロと見積もっています。 - ディーゼル燃料税の免除:
2024年1月に南西部で怒りを引き起こした、非道路用ディーゼル燃料(GNR)に対する課税の引き上げが撤廃されました。 - 家畜農家への税制優遇:
家畜(特に牛)を飼育する農家に対する税制優遇措置が導入されました。 - 農業退職年金の優遇:
農業退職年金の計算において、より有利な条件(過去25年間の最高年収を考慮)が適用されるようになりました。
これらの施策は、政府がFNSEAとの対話を重視し、農業界の要求に応えようとしていることを示しています。フランソワ・バイルー首相も、主要な農業団体が政府の努力を認識していることを強調しました。
再生への挑戦 – 先進事例に学ぶ
Vivescia Transitionsプログラム
Transitionsプログラム(移行プログラム)の目的は、農業従事者がより持続可能な慣行へと移行するための経済的・技術的な手段を提供することです。
このプログラムの具体的な目的は以下の通りです。
- 農業生態学的移行の促進:
気候変動、生物多様性の喪失、土壌の劣化といった、農業が引き起こし、また受けている問題に対処するため、農業従事者がより環境に配慮した持続可能な方法に移行することを支援します。 - 経済的支援:
移行に取り組む農業従事者に対し、努力に応じた1ヘクタール当たり100〜150ユーロ(約16,000円〜約24,000円)のプレミアム(奨励金)を提供します。 - 技術的支援:
研修や現場でのアドバイス、診断へのアクセスを提供し、農業従事者が持続可能な農業の実践に必要な知識と技術を習得できるようにします。 - データ収集とモニタリング:
参加する農業従事者から追跡データを提供してもらい、プログラムの効果を評価し、改善に役立てます。 - ドグマからの脱却(農業における固定観念や教条主義的な考え方から離れる):
参加する農家に対して、特定の農業モデルを押し付けるのではなく、それぞれの状況や経験に応じて最適な方法を見つけることを重視しています。つまり画一的な農業のやり方を押し付けるのではなく、それぞれの農家が自身の状況に合わせて柔軟に、そして創造的に取り組むことを奨励します。
成功事例:
ノール県の小麦農家マリー・ルフェーブル氏(42)は、精密農業技術導入で収量15%向上、化学肥料使用量40%削減を達成しています。「データ活用で収益と環境配慮の両立が可能だと実感しました。」
デジタル農業の最前線
- AI輪作プランニング:50年分の気象データと土壌分析を深層学習
- ドローン監視システム:1ha当たりの病害虫発生を95%精度で検知
- ブロックチェーン流通:生産者から消費者まで完全トレーサビリティ
2025年農業基本法の新機軸
- 農業の公益的価値を憲法的位置付け
- 若手就農者向け「農業起業家ビザ」創設
- 地域特産品保護制度の拡充
消費者が変える農業の未来
パリ市民の意識改革
「デジタル農民」プロジェクトでは10万人の都市住民が仮想農場を運営。参加者の75%が地産地消を実践するようになり、CSA(地域支援型農業)加入者が3倍に増加しました。
ミレニアル世代の購買行動
項目 | 割合 |
---|---|
有機認証製品購入率 | 68% |
地元生産者直接取引 | 53% |
食品ロス削減意識 | 89% |
持続可能包装重視 | 74% |
持続可能な農業の再構築に向けて
リヨン国立農学研究所のアンヌ・デュボア教授は展望を語っています。「真の改革は技術ではなく関係性の再構築にあります。生産者と消費者、都市と農村、伝統と革新の架け橋こそが未来を拓くのです。」
2025年度の国際農業見本市には、マクロン大統領も訪れていましたが、農家の人々の関心が最も高かったのは、農家出身のフランソワ・バイルー首相が12時間も滞在して農家の人々の声に耳を傾けたことです。
EUの農家にとってはまだこれからも厳しい状況が続くことでしょうが、フランスでは国際農業見本市が農家にとって、政府や国民に対して声を上げられる重要な機会であることは、これからも変わらずにいて欲しいですね。

残念だけど、ここでもEUの規制が全て裏目に出て、農家の足を引っ張ってしまっている。
EUの目指している理想の方向は間違っていないと思う。農薬や化学肥料の使用を制限して、有機農業を推進する、動物福祉基準を強化して、家畜に優しい「畜産」や「酪農」を目指す、自然環境を尊重し、環境と生態系を守りながら、環境に優しい農業を目指す。それは農業の理想形だと思うし、全ての国が目指すべき農業の最終形態だと思う。ただそれは、規制を強化すれば達成できるってものじゃない。
従来の農業から有機農業に移行するのは、時間も手間もお金もかかる大変な作業で、時間をかけてゆっくりと移行していかなければ失敗する。土や環境はお金や手間をかけてもすぐに変化するものじゃないから、移行期間は生産量がグッと減ってしまうし、農家の収入が減ってしまうのは避けられない。もちろんEUの共通農業政策(CAP)による補助金は出ているけれど、それでは全く足りていないんだ。EUの全ての国の農業を有機農業に転換するなどという、壮大な目標を達成するためには、莫大な資金を投入しなければならない。その準備もできていないのに中途半端に規制を制定するところから始めるなんて、あまりにも無謀だよ。農家は補助金がもっと欲しいから言っているんじゃない、一時的にだけではなく、いつまでも補助金をもらわなくては続けられないような農業に未来はないって言っているんだ。
EUの規制を守った結果(守らざるを得ない)、生産コストが高くなり、農作物の価格が高騰して、市民が購入できる値段ではなくなってしまった。例えばEUの規制に縛られないモロッコから輸入したトマトに比べると、フランス産のトマトは3倍から4倍は高くなっている。有機農法のトマトになると更に価格差が開いてしまう。ロシアのウクライナ侵攻後の物価高に苦しむ市民にとって地域の野菜は高嶺の花となり、EU圏外の安い輸入野菜を購入するしかなくなった。需要増から農産物の輸入量が増え、結果的にフランス産の農産物は、スーパーやマルシェで見かけることが少なくなった。高すぎるという苦情が出て売れないからね。そのため去年のデモでは、高速道路を占拠したトラクターが一斉に、道路に売れ残ったトマトをぶちまけて抗議したんだ。時間とともに潰れていく大量のトマトが首都高速を真っ赤に染めて、トマトも道路も血を流しているように見えたけど、あれは農民のメタファーだったんだね。
農家にとって大切に育てた作物を処分するほど辛いことはないし、値段だって上げたくないけど、それしか生き残る方法はないし、EUにだって輸入農産物との価格差を解消するほどの補助金までは出せない。でもわざわざ遠くの農産物を輸入して消費するなんて、二酸化炭素の削減目標からも大きく逸脱することになり、自ら環境を悪化させていることに気づいていないはずがない。
作地面積を減らさせて農薬や肥料の使用を制限すれば、農産物が減収して価格が高騰することは当然予測できたはずなのに、農産物の高騰により市民の不満が高まると、農家へのサポートは後回しにして、南米の4カ国との間に(アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ)メルコスール貿易協定を結んで、安価だけれども危険性の高い輸入野菜や輸入果物の関税を撤廃して安く仕入れられる協定に署名してしまったんだ。(南米は農薬や肥料の規制が緩く、欧州で以前から規制されていたネオニコチノイド系の殺虫剤が許可されている。この農薬は生育段階で使用しなくても、輸入された野菜や果実を洗うことにより下水から土壌汚染をしてしまうので、EUがいくら農薬を規制しても意味がなくなってしまう。)
これでは農家でなくても、それなら何故、EUの農薬や肥料の規制を強化したのか?言ってることとやっていることが矛盾しているのでは?と混乱してしまうし、こんなやり方を続けていたら、フランスの農業が本当に破綻してしまうよ。
農業人口が減って(無理もないよ)、未来の農業はデジタルに頼るしか存続する方法はないことは農家も覚悟しているけれど、恐ろしいのは、またEUが必要もないのにデジタル化に介入してきて、規制で縛って発展を阻んでしまうのではないかということだ。
唯一の希望は、去年の末に首相に就任したフランソワ・バイルー首相だ。バイルー氏は学校を出た後に教員になったものの、酪農家を営んでいた父親が事故で亡くなり、教員の勤務のかたわら農家の仕事をしていたという経歴の持ち主だ。彼の農家は15ヘクタール未満の家族経営で、飼育していた牛は17頭という比較的小規模農家だったことから、農家の大変さや置かれている状況は痛いほど理解していて、今年の農業見本市では12時間も滞在して、農家の人たちの話を聞き続けたんだ。
フランスは、EUの規制に縛られてから、転がるように世界の農業国としてのポジションから転落してしまい、今やフランスの未来に農業は生き残っているだろうか?と懸念されるほど危機的な状態にあるけど、毎年の大規模な農業見本市が残っているおかげで、農家が直接政治家に発言できる機会があることが救いだし、国民も農家に対するリスペクトがある。去年のデモでは、約12,000人の農家が全国で抗議デモを行い、約6,000台のトラクターが高速道路を封鎖したせいで、首都圏への流通が停滞し、生鮮食料品が店から消え、渋滞が続いて首都が麻痺する事態が2週間近くも続いたんだ。それでもデモを続ける農民たちに対して文句を言う市民はいなかった。それどころか夜を徹して高速道路を閉鎖する農民たちに差し入れをしたり、家のシャワーを使ってくれるよう申し出たりしてデモを応援していた。そのため政府も強行手段を使って取り締まることができず、農民たちがスローガンにしていた、暴力を使わず負傷者をひとりも出さない静かなデモが実現したんだ。信念を持った市民の団結が政府にとっては一番手強いからね。市民の団結がフランス革命となり、国の歴史を変えたフランス人の心意気は今も続いていたんだね。今年の農業見本市では、前回の失策を踏まえて開催前に農民代表と政府が落ち着いて、活発なディスカッションを交わし、法の改正も約束されたことで農家の怒りのガス抜きができたと言われている。(農家の怒りはそう簡単には収まらないけれども、それは当然だろう。)
農家も市民も政府も、皆がフランスの農業を守るために前向きに考えているんだから、EUはこれ以上規制を増やさずにまずは見守って、加盟国を指導するのではなく後方支援に回るべきだと思うんだ。世界に誇る農業国が、EUの共通農業政策(CAP)の導入以降、急激に農家の数が減少し、特に2010年から2020年の10年間で農場数が約21%も減少しているんだよ、しかも状況が悪化しているのはEUの他の国々も一緒なんだ。手遅れになる前に、無用な規制や条約は撤廃しようよ。貿易外交のコマとして、農作物を利用するな!と言いたいよ。
農業は気候変動に大きく左右されるし、農産物も家畜も生きものだから、不作による食糧不足や値上がりなどはこれから世界中で深刻になっていくと思うし、根本的な対策を見つけるのはとても難しいことで、一朝一夕に成し遂げられることではないと思う。
だからといって輸入によって食糧不足や値上がりを解決することは、一番手っ取り早いけれども、自国の農業が犠牲になる可能性もある両刃の剣であることを忘れてはいけないと思うんだ。
特に貿易協定などを安易に結んでしまうと、一時的なはずの解決策に長い間縛られて、後で後悔することになる。EUの失敗から学んで日本の政府も慎重に、日本の農業を長期的な視点で大切に育てていってほしいんだ。フランスの国際農業見本市が掲げるように、『農業は国の誇り』なんだから。