欧州の防衛を変えるスタートアップ – Helsing

戦闘機、自爆型ドローン、海中ロボット、衛星まで統合するHelsing。AI中心の防衛モデルが、欧州の戦略を根底から変え始めています。

欧州の防衛を変えるスタートアップ Helsingの台頭

ドイツ・ミュンヘンを拠点とする防衛スタートアップHelsingは、人工知能とドローン技術を中心に据えた新しい軍事モデルを提案し、欧州の安全保障の風景を塗り替えつつあります。

2021年設立という若い企業でありながら、わずか数年で欧州の政府関係者や軍事産業の注目を集める存在へと成長しました。同社は国境をまたぐ紛争が続き、防衛技術の更新が急務となる欧州において、新しい産業モデルを体現しています。

AIとドローンが主役となる新しい防衛モデル

Helsingが注目される大きな理由は、兵器開発をAI中心に再設計するという逆転した発想にあります。従来の防衛産業では戦車や戦闘機、艦船といった大型プラットフォームが先にあり、AIはその性能向上のために付加される位置づけでした。しかしHelsingの共同創業者ギュンドベルト・シェルフは、今日の戦場が急速に変化したことでこの順序そのものが時代遅れになったと指摘します。

その背景にはウクライナ戦争の現実があります。前線での攻撃の約七割以上をドローンが担い、わずかな費用で大量に投入できる無人機が、数百万ユーロ規模の兵器よりも戦術的価値を持つ場面が増えています。戦争がAIを搭載した自律型無人機を中心とする方向に向かっていることは明らかで、Helsingはこの構造変化を正面から捉えています。

Helsingの目標は、AIが状況を判断し、目標を特定し、時には攻撃まで自律的に行う兵器を、大規模かつ低コストで生産可能にすることです。この構造が実現すれば、欧州の中小国家であっても最新兵器を大量に保有できるようになり、安全保障の非対称性を大きく縮める可能性があります。

驚異的な資金調達と秘密主義の背景

Helsingは2025年6月に1か月で6億ユーロを調達し、設立から4年で累計13億ユーロ以上を集めました。欧州のスタートアップとしては異例のスピードで、Spotify創業者ダニエル・エクをはじめとする著名投資家が支援していることも、この勢いを後押ししています。

一方でHelsingは長らくその具体的な事業内容を外部に公開してきませんでした。国防技術という性質上、機密性が求められることは当然ですが、それでも欧州のテック企業としては珍しいほどの秘密主義が続き、関係者の間でも情報が不足していました。しかし2025年夏、同社は初めてメディア向け説明会を開き、その全体像の一部が公開されました。そこで示されたのは、AI主導の兵器システムと、それを中心に据えた巨大な生産モデルでした。

ウクライナでの実戦配備 量産フェーズに入る次世代ドローン

Helsingの技術が単なる研究開発にとどまらず、実戦で機能していることを示したのがウクライナ向けのドローン供給です。同社はこれまでに地上型ドローンIIX-1を1950機納入し、偵察や監視、攻撃目標の特定といった任務で成果を上げています。

続いて投入された新型HX-2は、自律的に目標に到達して爆発する滞空型ドローンに分類され、電子妨害に強く、最大100キロの距離を高精度で攻撃できます。従来のミサイルに比べて圧倒的に低コストであることから、防衛関係者の間では「次世代の弾薬」として評価されています。

HX-2は現在ドイツ南部の工場で月500機のペースで生産されており、2025年末には月1000機に倍増する予定です。また年間2万4000機を生産できる新工場の計画も進行しており、ドイツ政府はウクライナ支援として4000機を正式発注しました。これはドローンが戦争の主役に完全に移行しつつある現実を象徴しています。

空・海・宇宙へ広がるHelsingの技術網

Helsingの活動は地上兵器にとどまりません。航空、海洋、宇宙と複数の領域へ同時に進出している点に、同社の独自性があります。

航空分野ではスウェーデンのSAABと提携し、次世代戦闘機グリペンEにAIシステムCentaurを搭載しました。パリ航空ショー(2025年)では完全自律飛行に成功した様子が公開され、AIが戦闘機を運用できる段階に到達したことを示しました。

海洋分野ではイギリス南部プリマスに工場を構え、海中ドローンSG-1 Fathomの生産を開始しました。海底地形のマッピングや潜水艦の検知が可能で、数百機を一人のオペレーターが管理できる効率性は、従来の対潜水艦戦略を大きく変える潜在力を持っています。

宇宙領域ではフランスのLoft Orbitalと協力し、AIによるリアルタイム分析が可能な低軌道衛星群を構築中です。衛星を複数連携させて特定エリアを常時監視する能力は、防衛だけでなく災害やインフラ監視にも応用可能で、欧州の宇宙戦略にとっても重要な一歩となります。

これらを総合すると、HelsingはAIを中心に、空海陸宇宙のデータを統合的に扱う「次世代の統合防衛企業」を目指していると言えます。

欧州版アンドゥリルとなるのか スタートアップが防衛産業を変える時代へ

Helsingがしばしば「欧州版アンドゥリル」と呼ばれるのは、米国で防衛スタートアップが急成長した成功例に近い構造を持つためです。アンドゥリルは創業数年で米国防総省と大型契約を結び、AIとセンサー技術で従来の軍需企業に挑戦しました。Helsingはその欧州版となることを自ら掲げ、よりスピード感ある開発体制を築こうとしています。

同社には現在600人以上が所属し、ドイツに約300人、イギリスに約200人、フランスに約100人と、拠点が欧州全域に広がっています。国境を超える技術集団を形成することで、人材不足が慢性的な欧州防衛産業の弱点を補っています。

フランスでの存在感 AI研究の重鎮が率いる組織へ

Helsingはフランス国内でも存在感を強めています。科学責任者にMetaのAI研究チームを率いたアントワーヌ・ボルド、フランス法人代表にエアバスでデジタル改革を担ったマルク・フォンテーヌ、CEOにPalantir出身のアントワーヌ・ド・ブラキュランジュが就任し、官民双方から高い信頼を得ています。

フランスの国防調達は伝統的に大手企業中心で、スタートアップが入り込む余地は大きくありませんでした。しかしAIやデジタル技術が戦争の主役になりつつある現在、フランス政府やDGAも調達制度の改革を進め、より柔軟な技術導入を試みています。Helsingはその変化の波を受け、フランスにおける新たな防衛技術企業として期待されています。

仏独の次世代戦闘機構想SCAFに影を落とす緊張

フランスとドイツが共同開発を進める次世代戦闘機SCAFでは、製造企業の主導権争いが再燃しています。ダッソーとAirbusが設計権を巡って対立し、欧州防衛統合の象徴であるはずのプロジェクトに暗雲が漂っています。Helsingの登場は、このような停滞する巨大プロジェクトに対して、新しい技術モデルを示す役割も果たしており、欧州全体の戦闘機開発戦略に影響を与える可能性があります。

欧州防衛の起爆剤となるのか

AI、ドローン、衛星、海洋技術を一体化し、スピードを重視して開発を進めるHelsingは、これまで官主導だった欧州防衛産業のあり方を根本から変える存在になりつつあります。政府の要請を待つのではなく、自ら技術を完成させ実績を示すというスタイルは、欧州防衛に新しい競争原理を持ち込みました。

Helsingが描くビジョンは、一企業の成長にとどまらず、欧州が自立した防衛力を持つための模型となるかもしれません。もし同社の取り組みが成功すれば、欧州の安全保障アーキテクチャ全体を大きく塗り替える可能性があります。逆にこの変革に乗り遅れることは、欧州の戦略的自立を損なう結果につながりかねません。

Helsingの台頭は、欧州防衛の未来を占う試金石となっています。

ドイツが本気になってきた… ドイツは、二度の戦争の反省から「軍事的抑制」を国是としてきた国だった。第一次世界大戦後、ヴェルサイユ条約によって兵器製造を大幅に制限されたが、1920〜30年代には秘密裏に再軍備を進め、ソ連と軍事技術の共同研究を行うこともあった。もともと軍事産業に強い国だから、ドイツと組むということは武器庫を手に入れるようなものだということをロシアは知っていたんだ。1933年のヒトラー政権成立以降は、軍事産業は国家主導で再編・拡大され、「総力戦体制」に突き進んだ。ドイツには世界的に有名な軍需企業が多数存在し、航空機、戦車、大砲、銃器などあらゆる兵器を製造していた。そのうちの多くの企業は路線を変えて現在も数多く残っている。あのダイムラー・ベンツも戦時中は軍用トラックや装甲車、戦車や戦闘機のエンジンなどを製造し、軍事産業の中核を担っていたんだ。

第二次世界大戦での加害の歴史を深く受け止めた西ドイツ(現・ドイツ連邦共和国)は、平和主義を外交の基盤に据え、紛争地域への殺傷能力のある兵器輸出を原則として禁じていたし、周辺国もそれを監視する立場だった。ドイツの軍事産業は世界一のレベルにあると知っていたし、ドイツ人の真面目さが戦争などに向けられてしまうと、危険な存在になりかねないことは今も変わらないと見られているからだ。(これは日本も近いと思う。)

しかし2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの全面侵攻によって、ドイツの軍事産業が目を覚ますことになる。当初、ドイツ政府はウクライナへの支援として「ヘルメット5,000個」を提供するに留まり、国際社会から「ドイツこそ、戦車や防空システムなど、高度な兵器を供出すべきだ」との批判を受けた。これに対し、わずか3日後の2月27日、ショルツ首相は連邦議会で歴史的な演説を行い、「我々は転換点に立っている」と宣言し、ドイツはウクライナに殺傷能力をもつ兵器を供与し、さらに国防費を大幅に増額する方針を打ち出した。2022年以降、ドイツはウクライナに対して「Gepard自走対空砲」「Leopard 2戦車」「IRIS-T防空システム」など、極めて高度な兵器を次々と供与しており、2024年にはRheinmetall社がウクライナ国内での装甲車・弾薬の生産拠点設立を発表し、戦争支援の枠組みはますます拡大している。

ここで気になるのは、戦争が始まってわずか3日後の2月27日に方針を変えたその速さだ。それから後の防衛費の増額率もヨーロッパで一番高い。こう言ってはなんだけど、まるで待っていたかのような速さで、本当に国民の総意なのか疑問だ。ドイツ人にとって、第二次世界大戦はトラウマになっていて、戦後の「平和国家」としての立場を守る保守層からは、「本当に武器が平和をつくるのか?」という根源的な問いが投げかけられている。

しかし若者には極右政党派のように好戦的な層も増えており、一度方針が決まると行動が速く、今まで一種の謹慎状態だった国とは思えない速さで突き進んでいる。

ウクライナをはじめとし、ポーランドやバルト三国などロシアの脅威を最も身近に感じる国々は、ドイツの方針転換を歓迎し、さらなる武器供与を求めている。一方で、フランスやイタリアなどの周辺国は、ドイツの急激な軍事的台頭に対して警戒感を示しており、「ヨーロッパの軍事バランスが一方に傾くのではないか」との懸念もある。

イスラエルやアメリカの外交関係者の間では、「ドイツが責任ある方法で防衛力を強化することは、NATOの抑止力全体を高める」という前向きな評価がある一方で、「軍需産業の暴走や、歴史的なトラウマとのバランスをどう取るか」が引き続き問われている。

かつて「軍事から最も遠い存在」だった国は、あっという間にヨーロッパ防衛の中心に立とうとしている。ドイツの軍事産業が再び活気を取り戻し、「兵器を送る国」となった今、その責任と透明性、そしてドイツを筆頭に欧州はこの先どこへ向かうのかという問いかけを忘れてはならないと思う。火事場ドロボウではないけれど、遠い国の揉め事に巻き込まれて目を離している隙に、近くの弾薬庫に火が着いていることを見過ごさないために。

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パリロボのひとりごと

ブログ内の全ての写真は、Helsing AI 公式サイトから借用しています。
https://helsing.ai/

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