
AIが“もうひとつの目”になる日 – 乳がん検診の現場から
2025年8月19日、東京・慶應義塾大学予防医療センターで新しい取り組みが始まりました。
スタートアップ企業「Smart Opinion(スマートオピニオン)」と慶應義塾大学が共同開発した乳がん検診AI「Smaopi(スマオピ)」が、実際の医療現場で運用を開始したのです。
乳がんは、日本人女性の約9人に1人がかかるといわれている病気です。早期に見つけることができれば治療の成功率も高くなるのですが、日本では検診を受ける人がまだ少なく、検診率は47%程度にとどまっています。欧米の7〜8割と比べるとかなり低い水準です。
さらに、検診を受けても診断は医師や検査技師の経験に大きく左右されるため、どうしても見落としのリスクが残ってしまいます。
慶應義塾大学とスタートアップが共同開発「Smaopi(スマオピ)」
そこで登場したのがSmaopiです。超音波(エコー)検査の画像をAIが解析し、怪しい部分を赤い枠で、問題がないと判断した部分を緑の枠で表示してくれます。つまり、医師が自分の目で画像を確認するのと同時に、AIが“もうひとつの目”となって診断を支えてくれる仕組みです。
実際の試験では、約94%の確率で正しく異常を見つけることができたと報告されています。特に、乳腺が密で腫瘍が見えにくい「高濃度乳腺」の女性にも有効とされており、見落としを減らす効果が期待されています。
Smaopiのしくみ
Smaopiは、これまで通り医師が画像を確認したうえで、さらにAIがもう一度チェックしてくれる“ダブルチェック”の仕組みです。検査自体は従来の超音波とまったく同じ手順で行われ、時間が長引くこともありません。ただ、検査後にAIが画像を解析し、気になる部分を赤や緑の枠で示してくれるのです。赤は「詳しく調べた方がよい可能性がある部分」、緑は「大きな問題は見つからなかった部分」を意味します。
このシステムを導入することで、見落としのリスクを減らすことが期待されています。特に乳腺が硬いタイプの方(デンスブレスト)や、まだ小さな病変では、マンモグラフィだけでは発見が難しいことがありますが、AIのサポートがあることで、より早い段階での発見につながる可能性が高まります。

出典:Zhao et al., Artificial Intelligence in Breast Ultrasound Imaging:
エコー検査はマンモグラフィーに比べて痛みが少ない
さらに、エコー検査はマンモグラフィーに比べて痛みが少ないのも特徴です。「痛そうだから受けたくない」とためらっていた人にとっても、心理的なハードルを下げる検査になるかもしれません。
もちろん、AIがすべてを判断するわけではありません。最終的な診断は必ず医師が行いますし、AIにも不得意なケースがあります。炎症性乳がんや乳頭近くの病変、大きな腫瘍などは、正しく判定できないことがあります。そのため、AIの結果をそのまま信じるのではなく、医師が総合的に判断することで、安全性が担保されます。
Smaopiはすでに日本の厚生労働省から医療機器として承認を受けており、安心して導入できる体制が整っています。検査による痛みや放射線被ばくもなく、これまでの乳がん検診と同じように受けられるのも安心材料のひとつです。
乳がんだけではない
こうしたAIを使った画像診断は、乳がんだけにとどまりません。横浜市のクリニックでは、胸のレントゲン写真をAIで解析しています。例えば、肺に穴があいて空気が漏れる病気「気胸(ききょう)」は、影が小さくて見落とされやすいのですが、AIが画像の異常を検出し、医師に知らせてくれるのです。
現在、このシステムは国内1000以上の医療機関で導入されていて、診断の精度を高めるだけでなく、医師の負担を軽くする役割も果たしています。
レントゲン診断を支援 – 東京大学発のL-Pixel
また、東京大学発のスタートアップ「L-Pixel(エルピクセル)」は、タイやベトナム、フィリピンといった結核の患者が多い地域で実証実験を行っています。結核は日本ではあまり身近ではなくなりましたが、世界的にはいまも年間数百万人がかかる病気です。
L-Pixelは、移動式の検診バスにAIを搭載し、レントゲン写真から結核の疑いがある人を早く特定できる仕組みを試しているのです。これによって、診断の遅れを防ぎ、感染拡大を食い止める狙いがあります。
日本の強みは「高品質な医療データ」
日本がこの分野で注目される背景には、医療現場で長年にわたって蓄積された「高品質な医療データ」があります。
AIは学習したデータが多く、そして正確であればあるほど精度が高まります。日本の病院で集められた膨大な画像データや、医師による緻密な診断の記録は、世界的に見ても大きな強みになっています。
「日本は世界でも臨床研究が盛んな国。日本の医療データの質の高さが、AIにおける優位性につながっている」と開発者は語ります。
AIと医師のダブルチェックで、早期発見を可能に!
AIが医師の代わりになるわけではありません。しかし、診断を補い、見落としのリスクを減らし、誰もが安心して検診を受けられる環境をつくる力は持っています。人間の直感や経験と、AIの冷静で客観的な分析。それが一緒になったとき、医療はより確実で、より優しいものになっていくのではないでしょうか。

フランスのスタートアップ、Hope Valley AIもAIによって乳がんのリスクを早期に発見するシステムを開発しているけど、Smaopiも痛みがなくて、体へのリスクも少ない、素晴らしい技術だと思う。こういった技術が世界中でどんどん開発されて、選択の幅が広がってほしい。従来のマンモグラフィーは「痛い」「被曝が気になる」と敬遠されがちだったから、こういうアプローチはまさに“検診の民主化”の一歩ではないかと思うんだ。
乳がんは、ステージ0やIの段階で発見できれば5年生存率は90%を超える。つまり「早く見つければ、ほぼ治る病気」と言ってもいい。それでも命を落とす人が多いのは、検診を受けるハードルが高いからだ。近くに検査機関がなかったり、費用の壁があったりする。医療の世界に横たわる不公平は、いつだっていちばん悔しい。
L-Pixelが移動式の検診バスで、医療が届きにくい地域に行って検査をしてくれるのも嬉しい。場所に関わらず、誰にでも受けられる検査は皆が望んでいるはずだ。
もちろん医療へのAIの使用には倫理的にも賛否がある。でも医療の現場でこそ、AIにもっと活躍してほしい。ドクターの代わりをするんじゃなくて、診断の一部を肩代わりしてくれる存在としてドクターの負担を減らし、ドクターには専門的な治療に集中してほしい。世界的に医師も看護師も足りないなかで、特に小さなクリニックは仕事が山積みだ。高額な機器も導入しづらい。そういう現場に、AIやロボットが入って、肉体的、費用的な負担を減らすことができれば、受け入れられる患者の数も増えるだろうし、治療を諦める人は少なくなるのではないかと思うんだ。
医療とAI,ロボティックスは日進月歩で進化している。大病院だけではなく、小さな病院や介護の現場でも、AIやパワースーツ、ロボットなどがごく自然に使われる日は、きっと遠い未来の話じゃない。