
使用済みバッテリーを再利用可能な形で蘇らせる
スマートフォンを購入して数年が経過すると、バッテリーの持ちが悪くなり、1日もたないことが当たり前になります。しかし、これはそのバッテリーが完全に寿命を迎えたことを意味するわけではありません。捨ててしまうには早すぎる、まだ使える価値が残っているのです。
この「もったいない」に着目し、使用済みバッテリーを再利用可能な形で蘇らせることに挑戦しているのが、フランス・アンジェを拠点とするスタートアップ「VoltR(ボルトアール)」です。
同社は、アジア諸国に依存する現行のバッテリー供給体制を見直し、バッテリー製造が地球環境に及ぼす影響を最小限に抑えることを目的に、バッテリーの“再製造”という新しい価値を提供しています。
捨てられたMacBookのバッテリーがきっかけに
VoltRは、2022年末に4人の若き起業家たちによって設立されました。中心人物は、複数の起業経験をもつアルバン・レニエ氏(ESSCA卒)。そして、マキシム・ブレスキーヌ氏(エコール・サントラル・リヨン卒)、ティボー・モーフロン氏(ポリテク・パリサクレー卒)、フランソワ・マレ氏(エコール・サントラル・リヨン卒)という3名のエンジニアが共同創業者として名を連ねています。
この事業のアイデアは、実はとある偶然から生まれました。共同創業者の1人であるマキシム氏によると、アルバン氏がかつて勤務していた企業で、ある日インターンが廃棄バッテリーの入ったコンテナからMacBookのバッテリーを取り出している場面を偶然目撃したそうです。そのインターンは、廃棄されたバッテリーを使って電動キックボードを自作したのです。
翌週、アルバン氏はそのキックボードに乗ってオフィスに現れました。これがVoltRの原点、つまり“Proof of Concept”(概念実証)となったのです。
再製造技術で“第二の人生”を提供
VoltRが注力しているのは、単なるリサイクルではありません。同社が提供するのは「リマニュファクチャリング(再製造)」と呼ばれる高度な技術です。これは、使用済みのバッテリーから性能の劣化していないセル(電池単体)を選別・再構成し、新たなバッテリーとして生まれ変わらせるプロセスです。
その過程ではAI(人工知能)技術が活用され、各セルの劣化度合いや今後の寿命を解析・予測します。こうして、安全かつ高性能な“再製造バッテリー”が完成します。
たとえば、使い古されたスマートフォンのバッテリーから取り出したセルを再構成し、電子決済端末(POS)などに利用できるバッテリーへと変身させることが可能になります。
B2B向けに再製造バッテリーを提供
VoltRのビジネスモデルはB2B(企業間取引)に特化しており、再製造されたバッテリーは、同等性能の新品バッテリーと同じ価格帯で販売されています。顧客には、製品にバッテリーを組み込む工場や、代替バッテリーを求める小売業者(例:Leroy Merlinなど)も含まれています。対象となる市場は、主にマイクロモビリティ(電動キックボードや自転車など)や携帯型電子機器などです。
さらに同社は、使用済みバッテリーの収集サービスも有料で提供しています。たとえば、電動キックボードのシェアリングサービス「Lime」は、VoltRの収集サービスを利用してバッテリーの回収を行っています。
2024年には18トンのバッテリーを再生処理
VoltRのパイロット施設(試験工場)はフランス西部の都市アンジェに設置されており、2024年には18トンもの使用済みバッテリーを処理しました。この取り組みにより、年間売上高は16万ユーロ(約2,500万円)を達成しています。
しかし、同社が描く未来はこの規模にとどまりません。今後は、年間1,000トンのバッテリーを処理可能な自動化工場を建設し、本格的な産業化フェーズへと移行する予定です。
この成長計画の実現に向けて、VoltRは2024年にプレシリーズA(アーリーステージ)で400万ユーロ(約6億4,000万円)の資金を調達しました。現在は、さらなる事業拡大と工場建設に必要な資金として、2,500万ユーロ(約40億円)の追加資金調達を目指しています。
フランスから“欧州のバッテリー再生リーダー”を目指して
VoltRの最終的なビジョンは、ヨーロッパにおけるリチウムバッテリーのリマニュファクチャリング分野でのリーダーとなることです。そして、バッテリーの供給におけるアジア依存を減らし、エネルギー分野におけるフランスの“主権”を取り戻す一助となることを目指しています。
これまで、欧州の多くの国々がリチウムイオン電池や原材料の調達、さらには電動モビリティの分野でアジア諸国、特に中国に大きく依存してきました。しかし、脱炭素社会の実現や電動化の加速に伴い、バッテリーに対する需要は今後さらに急増することが予想されます。そのため、国内・域内での持続可能な循環型エコシステムの構築が急務となっているのです。
VoltRは、単に廃棄物を再利用するだけではなく、新しい形のバッテリー供給網を築くことで、環境負荷を減らし、産業の自立性を高めるソリューションを提供しています。
今後に向けて:エネルギー主権と環境負荷の両立へ
VoltRのようなスタートアップの存在は、循環型経済の未来を切り拓く鍵となる存在です。同社が掲げる「使い捨ての終焉」と「技術による再生」は、脱炭素社会への移行期において、持続可能性と経済合理性を両立させるモデルとして、注目を集めています。
今後、VoltRが欧州市場全体に進出し、バッテリー再製造のグローバルスタンダードを確立することができれば、単なるテクノロジースタートアップを超えた「産業の転換者」としてその名を刻むことになるでしょう。