
復活の立役者が抱く危機感と処方箋
「日産の衰退も、アライアンスの終焉も私は予測していました」。
2025年5月初旬、レバノンに身を寄せる元ルノー・日産会長カルロス・ゴーン氏は、仏 BFM ビジネスのインタビューでこう言い切りました。
逮捕・逃亡劇から六年、今なお国際指名手配の身でありながら、同氏は自動車業界の動向を鋭く観察し続けています。
かつて “コストキラー” の異名で両社を立て直し、三菱を加えた世界販売首位連合へと導いた男は、いま両社の現状を「協調なき漂流」と断じ、その崩壊のメカニズムを語っています。
日産とルノーのアライアンスはなぜ崩れたのか
1999年、赤字に沈む日産にルノーが出資したとき、両社は「共通部品でコストを30%下げる」という明快な目標を共有していました。
ゴーン氏はわずか2年で日産を黒字化させ、その辣腕ぶりから “サムライ” とも呼ばれました。
2005年にはルノーのトップにも就任し、2016年に三菱が加わると世界販売は1,000万台を突破。2017年にはトヨタやフォルクスワーゲンを抑え世界1位となり、「アライアンス=成功モデル」が定着します。
しかし、ガバナンスは複雑でした。資本構造と意思決定権のねじれが徐々に軋みを生み、2018 年のゴーン氏の逮捕でバランスが崩壊。2023年に相互出資比率を15%から10%へ下げたことで「対等」は得ましたが、共同開発比率は 20%を割り込み、シナジーの源泉だった部品共用のメリットは急速に薄れました。
日産とルノーが乗り越えられなかった壁は、主に以下の3点でした。
- 資本構造がマトリョーシカ:
ルノー→日産→三菱へと株が連なる一方、日産はルノーへの議決権を実質制限。 - 主導権争い:
仏政府(ルノー大株主)vs. 日産経営陣、日本の官民世論。 - 文化的摩擦:意思決定のスピード、品質基準、労使慣行…。
ゴーン氏逮捕と「アライアンス冬の時代」
背任・脱税容疑での電撃逮捕は世界を驚かせ、連合内の権力バランスも崩れました。2019年に解任されたゴーン氏は楽器箱に隠れてレバノンへ逃亡。以降、フランスと日本は国際手配を続けています。
経営トップが変わった日産は「平等な関係」を掲げルノーとの再交渉を要求。最終的に2023年、両社は相互持株を15%ずつにそろえ、24年には10%へ縮小で合意しました。名目は「対等なパートナーシップ」ですが、実態は“静かな別居”。共同開発比率は20%を割り込み、部品共用効果は急激に薄れています。
かつての盟友は対照的な苦境へ
ゴーン氏が最も強調したのはマネジメントの質でした。日産については「戦略の軸が見えない」と手厳しく、ルノーとは逆に相乗効果を自ら放棄した結果が46億ユーロの損失だと述べます。日産の新中期計画は北米ピックアップとハイブリッドSUVに集中しますが、ブランド再定義が伴わなければ規模縮小に拍車をかけるリスクがあります。
ルノーは、EV子会社アンペール上場で調達した資金を電池工場とソフト開発に投じる一方、日産株を売却して自立を模索します。しかし単独開発の負担は増しており、ゴーン氏は「深い技術提携が不可欠だ」として、中国の吉利(ジーリー)との協業深化を勧めています。吉利はボルボを再生させた実績があり、駆動系とソフトでルノーの弱点を補完できる可能性があります。
日産は瀬戸際:巨額減損と迷走の北米依存
2025年4月24日、日産は24年度(25年3月期)の最終損益を 7,000~7,500億円の赤字 に下方修正し、北米・欧州・南米の固定資産を一括減損し、工場閉鎖と人員削減費も計上しました。これは1999年度の6843億円赤字を上回る過去最大規模の赤字になります。
直接の原因としては、固定資産の減損と北米販売の落ち込みが主因ですが、この状況の主な原因は、日産の経営陣にあるとゴーン氏は考えています。具体的には、意思決定が遅く、必ずしも適切でない方向に向かっていること、そして無協調であることを挙げています。
同氏によれば、「決断が遅すぎる。3年遅れればコストは3倍」と意思決定の遅さによりコストが雪だるま式に膨らみ、ブランドの鮮度も失われていると指摘しています。
また、著しく弱体化していたルノーとのシナジーが完全に消滅したこと、製品や技術に関する意思決定の遅さ、および欧州での事業戦略の縮小や中国でのコスト増加による商業上の問題も衰退の要因としています。ゴーン氏は、2019年から2020年にかけて、発表や承認がないまま事実上の分離が進行し、日産がほとんど孤立した状態になったと見ています。
北米集中のリスク
- ピックアップ/大型SUV偏重 → CO₂規制強化への備えが不十分
- 為替と金利上昇でリース金利負担増
- ブランドイメージ再構築が追いつかず
下方修正の主な要因
- 固定資産の減損損失(約5000億円)
北米・欧州・南米など複数拠点で工場や販売網の資産価値を一括で見直したことが大きな赤字要因となりました。 - 構造改革費用(600億円超)
生産能力縮小に伴う工場閉鎖や人員削減費が追加発生しています。 - 販売台数の想定引き下げ
事業再生計画「ターンアラウンド」で年間販売を 350 万台規模まで絞り込んだ結果、固定費吸収が難しくなり資産価値を圧迫しました。
この影響として、株主配当は無配、格付け会社は財務体質の悪化を懸念し、S&P が見通しを「ネガティブ」に引き下げ、ムーディーズは投機的等級への格下げを示唆しています。
幻に終わったホンダ連携 – 資本構造が障壁に
日産とホンダは2024年3月、EVとソフトウェア領域の包括提携に向けたMOUを結んだものの、統合比率や議決権配分を巡る対立でわずか1か月で破談しています。ゴーン氏は同番組で「国内市場が重複し技術シナジーが薄い組み合わせは長続きしない」と喝破しました。
ルノーや三菱との既存の提携から利益を得る代わりに、競争相手に助けを求める状況になってしまっており、ホンダとEV技術で組むという報道を「ルノーとプジョーが組むようなもの」と一蹴し、国内需要や技術が重なる相手と連携してもシナジーは薄いと断言しています。
将来的な方向性として、台湾のFoxconnが資本参入に興味を示していたこと、またはOxford(日産を部分的に電気自動車に利用)や米国・中東の投資家(日産を自国産業のプラットフォームとして利用)が関心を持つ可能性に言及しています。
ルノーは1999年以前に逆戻り:営業最高益でも欧州依存の落とし穴
一方、ルノーは新型 R5 E-Tech のヒットで息を吹き返しつつあります。24年度に売上562億ユーロ・営業利益43億ユーロと過去最高を記録しました。4月にフランスでEV売上首位を獲得し、来年には R4 E-Tech の投入も控えています。
ただし同社の登録台数の7割以上は欧州に集中し、中国と米国には事実上不在です。
ゴーン氏は「欧州で上手に経営されているが、それ止まりでは世界的メーカーとは呼べない」と指摘。厳格化が続くEUの CO₂ 規制に投資を集中するあまり、成長市場への進出が遅れている点を懸念しています。
「ルノーは1999年以前の“欧州専業”に逆戻りしてしまった」と切り捨て、登録台数の7割超を欧州に依存し、中国と米国はほぼゼロという現状に対し、「欧・米・中の3大市場のうち2つで存在感を示せなければ、市場は縮小する」と指摘しました。
世界の自動車市場は約8000万台であり、そのうち中国が約3000万台、米国が約1600万台で第2位、そして欧州がそれに続きます。
持続可能な自動車メーカーであるためには、これら3つの主要市場のうち、少なくとも2つに存在する必要があると指摘されています。
ゴーン氏の現状評価では、ルノーは中国と米国の両方に不在であるため、「非常に不安定な」状況にあるとされています。
アンペール上場と日産株売却
- EV子会社アンペールを上場し最大80億ユーロを調達予定
- 資金は電池工場とソフト開発へ
- 一方で日産株の追加売却が進めば、連合の結節点はさらに弱体化
欧州 CAFE規制(25年に平均CO₂ 93→68g/kmへ)を乗り切るには、EVとハイブリッド比率を急拡大する必要があり、資金需要は膨らむ一方です。
ジーリー提携は「ルノーの生命線」
こうした閉塞感を打破する鍵として、同氏が繰り返し言及したのが中国の吉利汽車(ジーリー)との協業です。ルノーはすでに内燃機関事業をジーリーと統合し、新会社 Horse を立ち上げましたが、ゴーン氏は「電池や車台まで踏み込んだ深い連携が欠かせない」と説きます。
ジーリーはボルボやロータスを復活させた実績を持ち、アジアでの販売網も豊富です。ルノーにとっては中国再進出の足掛かりとなり、資金面でも負担を分散できるメリットがあります。
アライアンスの必要性
ゴーン氏は、多くの自動車メーカーが「単独では生き残れない」と認識しており、アライアンスを組んでいると指摘しています。
ルノーが吉利との接近から利益を得ることで、国際的な状況を改善できる可能性があることを示唆しています。
ただし、ゴーン氏は吉利との合意や関係について、「悪魔は細部に宿る」と述べ、単に表面的な要素を交換するだけの浅い合意では意味がないと強調しています。
かつてルノーと日産のアライアンスがそうであったように、企業間で多くの連携があり、共に多くのプロジェクトに取り組むことで、シナジー効果として結果(成長や収益性)をもたらすことができると考えています。吉利との関係においても、このような「関係の深さ」がルノーにとって将来的に非常に重要になると繰り返し述べています。
結論としてゴーン氏は、ルノーが現在の世界市場における不利な状況を克服し、将来にわたって競争力を維持するためには、吉利のようなパートナーとの実質的で深い連携が不可欠であると考えています。
中国・新勢力が突きつける現実
中国の比亜迪(BYD)は2007年に乗用車ゼロから17年で400万台を販売し、価格競争力と開発スピードを武器に欧州市場を席巻しつつあります。ゴーン氏は「日産が失ったのはまさにそのスピードだ」と強調しました。
さらに台湾 鴻海(フォックスコン) がEVを“iPhoneのように”受託生産する水平分業モデルを展開しつつあると強調。「巨額投資を抑えたい日産には救命ロープになり得る」との見方を示しました。
投資家が見る“数字の現実”
アリアンスは終わっても、株価の点ではいまだ運命共同体にあるようです。ルノー株は2024年10月の58 ユーロから、日産赤字報道後の4月には46 ユーロまで下落しており、PERは5.9倍と欧州平均を下回っています。
日産ADRは12か月で約30%下落し、S&Pは1月にアウトルックを「ネガティブ」へ引き下げ、ムーディーズは2月に投機的等級へ格下げしています。市場は「ルノーがどこまで日産株を売却し電動化資金を確保できるか」に注視しています。
指標 | ルノー | 日産 |
---|---|---|
株価(24/10→25/04) | 58€ → 46€(▲20%) | ADR 8.4$ → 5.9$(▲30%) |
S&P見通し | BBB-、ネガティブ | BB+、ネガティブ |
24年度営業利益率 | 7.6% | ▲5% |
市場は「ルノーがどこまで日産株を売却し、EV投資を賄えるか」「日産が北米依存を脱し利益体質を取り戻せるか」を注視しています。
「スピード」と「スケール」を取り戻せ:5つのアクション
ゴーン氏が掲げる再生策は、以下の五つの柱です。
要するに「スピードで中国勢に追いつき、スケールで北米勢に負けない体制」を作れというメッセージです。
- 開発サイクルを短縮:企画から量産まで24か月以内へ
- 電池コスト70ドル/kWh以下:規模とLFP化で達成可能
- OTA前提のE/Eアーキテクチャ:ソフト更新を収益源に
- 主要3市場での販売基盤:少なくとも2市場でシェア5%
- 水平連携の徹底:ジーリーや鴻海との深い技術提携
とりわけジーリーとの協業は「ルノーの将来に不可欠」と語り、内燃機関事業の合弁「Horse」を皮切りに、電池調達や車台共有に踏み込むべきと説きます。
ゴーン氏が提唱してきた『協調のレシピ』は今こそ必要とされている
逮捕・逃亡劇は映画さながらでしたが、同氏が残した “協調のレシピ” までもが否定されたわけではありません。
- 共通部品化とプラットフォーム統合
- 購買力を束ねたコスト削減
- グローバル市場での販売拠点シェア
2030年までの分岐点
両社の問題点を要約すると、以下の4点に絞られます。
- 日産:巨額減損と北米偏重でブランドが揺らぐ
- ルノー:欧州好調も世界展開を欠き、資金需要は増大
- アライアンス:株式均衡で“対等”を得たが、シナジーを失った
- ゴーン氏の提言:スピード・スケール・水平連携が再生のカギ
しかし、下に挙げるシナリオが好転すれば、アライアンスはかたちを変えて再統合する可能性があり、この苦境を脱するチャンスだと述べています。
- 日産が外部資本を受け入れ、EV技術を水平展開できるか
- ルノーがアンペール上場とジーリー連携で資金・技術を確保できるか
- 三菱が連合外提携(フォックスコンとの豪州EVなど)を広げ再成長できるか
これらのどれか一つでも失敗すれば、三社は再統合ではなく「完全独立」へ流れる可能性があります。逆に成功すれば、連合は形を変えた “次世代モビリティ共同体” として復活するかもしれません。
ゴーン氏の法的境遇と再生への提言
カルロス・ゴーン氏の数奇な人生
ゴーン氏は、レバノン系の両親を持ちブラジルで誕生し、ブラジル、レバノン、フランスの三重国籍を保有しています。
- ブラジル国籍 … 1954年にブラジルのポルト・ヴェーリョで生まれたため出生によって取得。
- レバノン国籍 … 両親がレバノン人であり、血統主義によって幼少期から保持。
- フランス国籍 … 17歳で渡仏し、長期在住と兵役義務(ポリテクニーク在学中の軍籍)を経て成人後に帰化。
ゴーン家のルーツと両親の職業
親族 | 出生・ルーツ | 主な職業・経歴 | 補足 |
---|---|---|---|
父 ジョルジュ(ジョルジ)・ゴーン | 1930年代前半、レバノン系家族に生まれ、祖父ビシャラが築いたブラジル・ロンドニア州のゴム/農産物流通ネットワークで育つ |
1)ゴム・農産物・航空貨物ビジネスを経営 2)のちにダイヤモンド取引と航空会社運営に従事 3)1960年レバノンで司祭殺害の罪で死刑判決となったが後に減刑 4)1970年代半ば、レバノン内戦を機にブラジルへ再移住 |
2006年死去。犯罪歴は長らく伏せられていた |
母 ローズ(通称ゼッタ)・ジャザール | ナイジェリアのレバノン人一家に生まれる(故郷は北部ミジアラ) | レバノンのカトリック系学校で教育を受け、結婚後は家庭に入りつつ子どもの教育を最優先。厳格ながら向学心を促す存在だった | 幼少のカルロスに語学と多文化への関心を植え付けた |
ゴーン氏の父ジョルジュ氏はブラジルとレバノンを往復しながら貿易・航空・宝石取引に携わり、1960年にレバノンで司祭殺害の罪に問われ、死刑判決が出たものの減刑され、5年間の服役後、1965年ごろに釈放されています。
事件の原因は、ジョルジュ氏と神父が関与していた密輸活動に関する金銭トラブルであったとされており、ジョルジュ氏は神父の強欲さに腹を立て、脅すつもりが最悪の結果になってしまったと供述しています。
1970年代半ばに、レバノン内戦を機にブラジルへ再移住しましたが、父親の殺人事件による逮捕時にはゴーン氏は6歳、出所した1965年以降は一緒に暮らしていたので記憶はあるはずですが、事件のことだけでなく、父親に関する話は親しい人にさえ一貫して口を閉ざしています。
2020年2月に独紙Der Spiegelの単独インタビューを受けた際、記者が「お父さまは殺人で有罪になり長く投獄されましたね」と踏み込むと、ゴーン氏は次のように答えて話題を打ち切りました。「父のことは話しません。彼は20年前に亡くなりました。プライベートな問題です。」
17歳で単身渡仏してからは、フランスの名門校を次々と卒業し、フランスの一流企業であるミシュランへ就職するという典型的なエリートコースを進み、30歳の時に3億ドルの市場を持つ南米ミシュランの最高執行責任者(COO)に抜擢され、35歳でミシュラン北米CEOに就任しています。そして42歳で、1996年に国営企業から民営化したばかりのルノー社に副社長として引き抜かれます。
その後、仏大企業トップと日系大企業トップを同時に務めるという前例のない地位にまで上りつめましたが、金融商品取引法違反をはじめとする複数の罪状で逮捕され、ルノー・日産の両社から解任されました。
17歳で単身渡仏後、異例の速さで世界のトップへと駆け上がる
年/期間 | 学業・移住 | キャリア/役職 | 備考 |
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1971 – 1973 | レバノン高校卒業後、パリの名門 リセ・スタニスラスで理系プレパ(グランゼコール準備課程)に在籍 | ― | フランス語・数学を徹底訓練。多国籍級友と人的ネットワークを構築 |
1974 | エコール・ポリテクニーク(X74)入学 | ― | 軍籍を帯びたリーダーシップ訓練を経験 |
1978 | エコール・デ・ミーヌ修了 工学修士取得 | ミシュラン入社 | コスト管理の面白さに開眼 |
1989 | ― | ミシュラン北米CEOに就任 ユニロイヤル・グッドリッチ買収を主導 |
世界トップタイヤメーカーに押し上げる |
1996 | ― | ルノー副社長(DGアジャント)就任 | “コストキラー”の異名 |
1999 | ― | 日産再建のため来日 ルノー・日産アライアンス発足 |
2年で日産を黒字化 |
2001 | ― | 日産CEO就任 | 多文化マネジメントを実践 |
2005 | ― | ルノーCEO兼任 “ダブルCEO”体制 |
仏大企業トップと日系大企業トップを同時に務める初事例 |
2017 | ― | ルノー・日産・三菱連合が世界販売首位 | 年間販売1,000万台超 |
2018 11月 | ― | 東京地検に逮捕 ルノー会長辞任 |
有価証券報告書虚偽記載などで起訴 |
2019 12月 | ― | 保釈中にレバノンへ逃亡 | “楽器ケース脱出劇”が話題 |
2020 – 現在 | ― | レバノンに滞在 講演・著作で発言継続 |
仏・日で国際逮捕状が継続 |
日本で逮捕されるまでの流れ
キー要素 | 詳細 |
---|---|
内部告発 | 2018年夏、日産法務部の外国人弁護士が「役員報酬の過少申告とオマーン代理店への不正送金」を示す資料を発見。西川廣人CEOに直報し、同年9月に東京地検特捜部へ持ち込まれた。 |
司法取引の活用 | 2018年6月施行の日本版司法取引を事実上適用。日産は「法人としての刑事責任を問われない」代わりに社内調査資料を特捜部へ全面提供。 |
“サイレント・アプローチ” | ゴーン氏に悟られないよう入国日・便名・機体を特定し、羽田関係機関だけに共有。到着20分前に検事チームを配置。 |
同時逮捕のケリー氏 | 元北米日産チェアマン。報酬スキームの法的組成を主導した疑いで、同じチャーター機に搭乗中に逮捕。 |
日本で正式に起訴された 4 つの罪状と想定刑罰
起訴日 | 罪名(法令) | 概要 | 法定刑 | 備考 |
---|---|---|---|---|
2018/12/10 | 金融商品取引法違反(有価証券報告書虚偽記載) | 2010〜2014年度の報酬を約50億円少なく記載したとされる | 10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金、または併科 (金融商品取引法 第197-2) |
初回の逮捕・起訴 |
2019/1/11 | 金融商品取引法違反(同上・追加分) | 2015〜2017年度分で約40億円を過少記載したとされる | 同上 | 2度目の起訴 |
2019/1/11 | 特別背任(会社法 第960) | 2008年の個人デリバティブ損失約18.5億円を日産に付け替え、関連会社へ1,475万ドル送金したとされる | 10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金、または併科 | 特別背任 |
2019/4/22 | 特別背任(会社法 第960) | オマーン販売代理店へ不正送金(約5億円)し私的流用したとされる | 同上 | 特別背任 |
フランスで正式に起訴された 4 つの罪状と想定刑罰
案件 | 罪名(刑法など) | 想定刑罰 | 現状・金額 |
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① ヴェルサイユ宮殿ウェディング | 会社財産流用 | 禁錮 5 年以下+罰金 €375,000 以下 | 会場費 5 万€をルノースポンサー枠で充当した疑い。捜査完了、起訴済。 |
② オマーン代理店送金スキーム | 背任+資金洗浄(マネーロンダリング) | 禁錮 10 年以下+罰金 €750,000 以下 (洗浄は重加算可) |
オマーン経由で €15 百万還流とされる。2022/4 国際逮捕状→正式起訴。 |
③ サウジ実業家向け不当支払い | 背任+資金洗浄 | 禁錮 10 年以下+罰金 €750,000 以下 | 日産のオランダ子会社から総額 €11 百万超を送金した疑い。2023/5 起訴。 |
④ ラシダ・ダティ元法相への報酬 | 能動・受動収賄 | 禁錮 10 年以下+罰金 €1 百万以下 | 2010–12 年にコンサル料 €90 万支払い。2024/11 金融検察が公判請求。 |
フランス国籍でも逮捕できない理由 – ポイントは「所在地」と「引渡し条約」
視点 | 現状 | なぜ逮捕できないか | 補足ポイント |
---|---|---|---|
① 身柄の所在 | ゴーン氏は2019年末からレバノン国内に滞在 | フランス逮捕状は自国領域か協力国で拘束された場合にのみ有効 | フランス警察はレバノン国内で執行権を持たない |
② 条約の欠如 | 日仏・仏レバノン間に犯罪人引渡条約・司法共助条約がない | 条約がないと正式な身柄移送プロセスを発動できない | 個別合意という例外的手段はレバノン側が拒否 |
③ レバノン憲法 | レバノンは自国民の国外引渡しを禁止 | ゴーン氏はレバノン国籍も保持=レバノン当局は「自国民」とみなす | 二重国籍でもレバノン法が優先される |
④ 国際手配の射程 | フランスは国際逮捕状とインターポールのレッドノーティスを維持 | 第三国経由で移動すれば拘束される可能性が高い | 結果的にレバノン域外へ出られない「圧力手段」として機能 |
法廷闘争と“空の囚人”
ゴーン氏は2019年末の “楽器ケース逃亡” 以来レバノンに滞在し、日本の要請によるインターポールのレッドノーティス(国際逮捕手配書)のため出国できません。フランスでも背任・汚職の逮捕状が出され、日産はベイルートで約10億ドルの損害賠償を提訴。本人は「中世的な司法」「カフカ的状況」と反論しつつ、講演や自伝で持論を発信し続けています。
フランスは彼に対して少なくとも2件の国際逮捕状を発行していますが、逮捕状が発行された理由は、フランス当局が彼をレバノンで尋問した後、フランスへの出頭を要求した際に、インターポールによるレッドノーティスがありレバノンから出国できないことを理由に出頭しなかったためです。
「カフカ的状況」とは?
カフカ的(Kafkaesque) という形容詞は、チェコ出身の作家フランツ・カフカ(1883-1924)の小説世界を思わせる、次のような状態を指します。
特徴 | 説明 | カフカ作品の例 |
---|---|---|
理不尽な官僚制度 | 誰が権限を持つのか、手続きがどう進むのかが極端に不透明で、当事者には抗弁の機会がほとんど与えられない。 | 長編『審判』- 突然「逮捕」されながら罪状も裁判の仕組みも知らされない主人公 |
終わりのない手続き | 書類、面談、尋問が延々と続くが、何も前に進まず出口が見えない。 | 『城』- 主人公Kが「城」の役人に会うために際限なく待たされる |
存在しない、あるいは曖昧な罪 | 犯罪とされる行為が示されない、あるいは後から拡大解釈される。 | 『審判』でヨーゼフKが「誰かに深く傷つけられたような気持ち」を抱えつつ理由を告げられない |
心理的圧迫と無力感 | 常識や論理が通用しない空気の中で、個人が孤立し追い詰められる。 | 多くの短編(「変身」「流刑地にて」など)でも同様の閉塞感が描かれる |
裁判の可能性は 2 つ
- 本人がフランス領に入国した場合
→ 空港または国境で直ちに身柄拘束 → 予審判事の前に出頭 → 公判へ。 - 欠席裁判
→ 予審が完了し、裁判所が「被告は正当な理由なく出頭しない」と判断すれば、被告不在のまま審理・判決を下すことも可能。ただしゴーン氏には後日やり直し審理を請求する権利が残ります。
現状と今後の見通し
- フランスの公判開始可否
- 予審判事が2025年内にゴーサインを出せば、ゴーン氏欠席のままでも欠席裁判が開かれる可能性があります。
- レバノン内での資産差押え
- 日産はベイルートで民事訴訟を模索していますが、国内資産が限られ実効性は不透明です。
- ゴーン氏の移動制約
- インターポール手配が続く限り、同氏はレバノン国外へ出られず、ビジネス展開や国際会議への出席は困難です。
結局のところ、フランス当局は「裁判」、日産は「賠償と浄化」を望んでおり、両者ともゴーン氏が自発的に出頭しない限り長期戦を覚悟しています。
教訓を資産にできるか
1999年、赤字企業だった日産がルノーの出資で甦った瞬間、世界は「国境を越えた協調」の力を目の当たりにしました。あれから四半世紀。協調は制度疲労を起こし、自動車業界は中国EV勢やビッグテックの参入で再定義の時代に入っています。
ゴーン氏は「問題は技術ではなく決断の速さ」と強調します。迷走する二つの老舗メーカーは、残された選択をどう活かすのか、かつてのゴーン氏のような革命家が現れて、新たな道を切り開いてくれるのを待つしかないのでしょうか。
楽器ケースで大空を越えた前代未聞の逃亡者からの警句は、日産とルノーのみならず自動車業界全体への警鐘でもあります。協調の欠如が生んだ崩壊を教訓に変えられるか。答えが示されるまでに残された時間は、決して長くありません。

ゴーン氏が朝のテレビ番組のインタビューにリモートで生出演しているのを観たときには、思わず目を疑ってしまったよ。ゴーン氏は日本だけじゃなくて、フランス(ルノー)からも訴えられていて、国際指名手配されている身だ。そういう人が普通にテレビのインタビューに出て、損害を与えた会社に対して警笛を鳴らし、教訓を提言するって、どういう風に受け取ればいいんだろう?数日前にプーチン大統領のテレビのインタビューを見て、発言の内容よりも(発言内容はいつもと同様に、ロシア様に歯向かうものは破滅する的な脅しだった)、時折ジョークを交えながら笑顔で語っている様子に強烈な違和感を覚えた時の感覚と似ている。報道や発言の自由はもちろん支持するけど、戦争の被害者たちはどういう気持ちで見ているんだろうと思ってしまうし、日産や三菱で職を失ったり、破産しないための救済法を必死で模索している、下請けを含む多くの人々にとっては、『再生への条件』とか偉そうに言われても、お前が言うな!となるよね。後ろに映っている本棚に、日本語の『カルロス・ゴーン』という書籍や、他にも日本語の本がいくつか並んでいることもなんだか悔しいし哀しい。とは言え、ゴーン氏の場合は話を聞いているうちに、そういうこと全部を忘れてしまうほど、理路整然と一刀両断していく潔いほどの見解に、聞き入ってしまうんだよなあ。経営陣の数時間に渡る会見内容よりもこの人の数分のコメントのほうが頭にすっと入ってくるし納得できる。やっぱりこの人は生粋の経営者なんだろうな。お気立てには難があるけれども。(虎に翼の涼子様のセリフ。上品に「問題は性格」と言い切っているところが痛快、関係ないけど。)
ゴーン氏の発言を聞いていると、今の日産やルノーを救えるのは、結局この人だけなのでは?という気になってくる。ありえない話だけどね。彼独自の天性と言ってもいい『経営の勘』によるものだろうけど、障害となるものとそれをどう排除すべきかが彼の目にははっきり見えていて、それがどんなものでも(歴史だったり人だったり)すっぱり排除できるところが成功の秘訣だったんだと思う。経営、もっと言えばお金以外のものはこの人の視界には映りこまないんじゃないかな。だからどんなに痛みを伴う改革であっても、この人にとっては無痛なんだと思う。コストをかけずに効率的にお金を稼げる並外れた能力があって、犯罪に対するモラルや良心が欠如している人が計画的に犯罪を犯したら、最強かもしれないし更生するのは難しいと思う。ルノー以前の輝かしい経歴の中でも、法を犯すことなくあれだけの功績を成し遂げられていたのか、過去に遡ってきちんと調べるべきだと思う。
文字通りの”経営の鬼”でありながら、結局は自分自身の”金銭への執着心”で失脚したのは、この人の唯一の人間的な部分なのか、天誅なのかもしれないね。
彼の”お金への執着”には病的なところがあって、お金を持っているのに万引きを繰り返してしまう「クレプトマニア(病的窃盗)」の領域なのではないかと思う。ルノーや日産の社員や関係者に対しては、鉛筆1本自由に買わせないほど徹底的に節約させる一方で、自分でも節約家と公言しながら会社のお金となると湯水のように浪費している。自身の結婚式(お互い再婚だけど)にはヴェルサイユ宮殿の、ルイ14世が離宮として建てた「グラン・トリアノン」を貸し切って豪華な披露宴を行い、その費用をルノーに払わせている。(ルノーが2016年にヴェルサイユ宮殿と結んだ修復支援スポンサー契約の総額230万ユーロの「利用ポイント」から差し引かれて実質無料、というところがなんだかセコいし小賢しい)会社の経費を使ったからと言って社員達を招待するわけでもなく、欧州・中東の財界・文化人をごそっと招待している。彼は2014年3月にも同じヴェルサイユ宮殿で60歳の誕生日を兼ねた黒タイ・ガラ(推定63~65万ユーロ、160~200人規模)も開いており、こちらもルノーに払わせたとして捜査対象になっているけど、ここまで来ると接待とか政界との繋がりの強化とかいう言い訳はきかず、単なる自己顕示欲としか思えない。それにしてもここまでヴェルサイユ宮殿に拘るのは、太陽王ルイ14世になりたかったか、あるいは貴族に対するコンプレックスがあったとか…。どちらかというと、お金を浪費しすぎた王妃のせいで市民の反感を買い、パリから逃亡しようとして途中で捕まり、ギロチンにかけられてしまったルイ15世のほうが立場的に近い気がするけど。ゴーン氏の場合は浪費ではなくて詐欺だし、逃亡には成功したけど(あの逃げ方は王はやらないだろうな)、幽閉状態となった点ではあまり変わらない。
ゴーン氏がずば抜けて優秀なことは明らかだけど、フランスのトップのグランゼコール(最高学府)を出る超エリート層は、知性だけでなく教養やマナーを身につけ、スポーツ万能で家柄が良く容姿も良く社交的であるなど、全ての面において庶民より優れていることが求められる。国民のほんのひと握りだけど、他の国には存在しない特殊な階層なのではないかと思うほど、エレガントで完璧で近寄りがたい人々だ、貴族の末裔が多いしね。それこそヴェルサイユ宮殿で始められた、若者の社交界デビューである「ル・バル・デ・デビュタント(Le Bal des Débutantes)」と呼ばれる舞踏会のエスコート役に選ばれるような若者たちばかりだ。
当然のことながらゴーン氏は招かれたことがない。勝負できるのは頭脳だけだし、洗練されてもいないし白人でもないから、招かれていたら悪目立ちしてしまっていたことだろう。祖国は常に戦争・内戦状態だしフランスには家族もいないから、難民扱いされることも多かっただろうし、なによりもゴーン氏の父親は殺人犯だ。その過去は周囲に隠されていても、内面では周りのエリート達と比べて常にコンプレックスを抱えていたのではないかと思う。ゴーン氏は父親のようにはなりたくないという思いから、成功を追求し続けたと指摘されているけれど、悲願を叶えても更にお金に固執し過ぎたせいで、自身も逮捕され結局は父親と同様に犯罪者となってしまったのはなんとも皮肉だ。父親が殺人を犯した理由が密輸活動に関する金銭トラブルというのも微妙に重なる。彼がなにより避けたかった「Tel père, tel fils(この親にしてこの子あり)」と言われる結果になってしまったけど、殺人を犯していないことはせめてもの救いだ。
普通に働いても資産105~180億円と言われるお金を稼いできたのに自ら詐欺行為を行い、今も全く悪いことと思っていないというのは、カウンセリングどころでは治らないかもしれない。それさえなければ世界に類を見ないほど優秀な経営者、あるいはコンサルタントとして、いくつもの企業の窮地を救えただろうに、残念でならない。
悪いのは自分ではないとそこまで主張するのであれば、裁判で全てを釈明してほしい。彼の類まれな論理的思考力でどこまで司法と戦えるのか、全世界が注目するだろうし、判決がどちらに転んでも映画化(Netflix化?)されるのは必須だろう。
ただその場合は日産もルノーも、可哀想な被害者として描かれることはないだろうから覚悟しておいたほうがいい。多くの従業員は被害者だけど、経営陣は被害者じゃない。あと、日本の検察との駆け引きは映画の中でブラック、あるいはドタバタコメディ的に描かれる可能性が高い。ゴーン氏の手記で一番注目を浴びたのは、ゴーン氏が収容された拘置所(牢屋と言ったほうが的確かも)の環境や取り調べの方法などで、アニメの国とはまた違った「不思議の国ニッポン」の異世界感と不条理感がフランス人にとって強烈だったから。(恐ろしさを感じた人も多いから、いっそルパンの銭形のとっつぁんみたいに、デフォルメしたキャラを登場させて笑いを取ってほしいね)
今度は楽器箱になど入らず、普通に飛行機に乗ってフランスに来るだけでいいんだから簡単だ。空港で逮捕されてすぐに裁判になるだろう。フランスの逮捕から裁判までは速いし透明性も高いから、彼の言う”曖昧な罪”とはならずに、日本での罪も含めて全貌が明かされるはずだ。そうしないのは、中東諸国やレバノンの不都合な事実も明るみに出てしまうために、命が狙われる危険性があるからかもしれない。とは言えこうして逃げ隠れしていても時間だけが無為に過ぎていくだけで、誰の得にもならない。せめて一刻も早く罪を償って罰金を支払って(余裕で支払えるんだし)国家に身を守ってもらい、その頭脳を堂々と経営に活かしてほしい。状況を打破して効率化を目指すことは、なによりも得意なことなんだから。